《前編》 より

 

 

【 「手入れ」 】
 たとえば人間が成熟するひとつの指標というものは何か。それは 「他人の心は、決して自分の思い通りにならない」 ということが分かることだと私は考えています。(p.117-118)
 これは自然にも通じるところがあります。自然というのはすべてを人間がコントロールすることはできません。
 ・・・中略・・・。
 近代文明というのは、すべてをコントロールしようとしてきました。人間が自然をコントロールする。それが大前提だったのです。・・・中略・・・。それは日本の伝統的な 「手入れ」 という姿勢からすればあり得ないことです。・・・中略・・・。人間と自然が共生する感覚。里山がもつ独特の美しさに、改めて目を向けることが大事です。(p.119-120)
 自分と他人、人間と自然、この関係は脳科学に照らせば 意識と無意識 の関係に似ているという。
 「手入れ」 の思想を、ものづくりなどのビジネスの現場に当てはめれば “すりあわせ” という概念に近いのだろうか。
   《参照》   『国家の正体』 日下公人 KKベストセラーズ

              【トヨタはなぜ強いのか?】

 西洋発の近代文明の思想的ルーツは中東の砂漠である。過酷すぎる砂漠という自然環境下にあった人間は、「生き抜くためには、生死を賭して自然と闘い支配せねばならない」 と考えてきた。最短ルートの選択を誤れば、家畜もろとも全員が死んでしまうような環境下で生きてきたから、合議する余裕もなく、集団の命運は、優れた一人のリーダーの判断力・決断力に委ねられていた。それが個人の才能(ないし略奪する蛮勇)を重視する文化になっていったのである。
 しかし、日本は森林豊かで山紫水明な自然に満ちた国だった。自然との共生が当たり前だった。自然が育んだものを収穫するのにも共同作業、合議による和を尊んできたのである。そんな日本が、近代化する過程で西洋文明的な手法を取り入れてきた結果、いくつもの破綻を経験しつつある現在、もうそろそろ成熟してもいい時期なんだから、日本本来の自然と共生する 「手入れ」 の思想の素晴らしさに気づこうよ、と言うこと。


【イギリス人の田舎暮らし】
 つい最近まで生き馬の目を射抜くような世界に身を置いていた人間が、ほんとうに野菜ばかりを育てながら生きていけるでしょうか。イギリスではこういった田舎暮らしはありません。多くの人はバリバリの現役で、ギラギラしたままで田舎に住んでいる。そういう人種が多くいるから、田舎という場所でも活気に充ち溢れています。そしてその活気を提供する場として 「パブ」 の存在があるというわけです。(p.125-126)
 パブは、いつでも出入りできる情報交換の場として機能している。日本の田舎にはこう言うのってない。公共施設も制限時間内で、しかも申請しなければ使えない。ろくに仕事をしていない市町村公務員の勤務時間の都合で使用制限されている。だから、日本の田舎は、お祖父ちゃんお祖母ちゃんばっかりになっちゃう。
 
<了>

 

茂木健一郎・著の読書記録