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 2006年10月初版の本なので、その時読んだら少しは衝撃的だったのであろうけれど、今となってはいくつものビジネス書に書かれていることが殆どなので、特にこれといった記述はない。

 

 

【お金を貢いで笑いものにされている国】
 「アメリカ経済は、日本がお金を貸しつづけているから成り立っているのは承知しているが、日本はよくこんな馬鹿げた投資を繰り返すものだと不思議だ」
 こうした論説を、よくアメリカの新聞で見かける。当事者たる日本人より冷静に見ているということがわかるが、やはりそこはアメリカの新聞、最後は必ず、「でも、何も文句を言わないからいいのではないか」 というふうに結んでいる。
 お金を貢いで笑いものにされているに等しい。(p.115)
 日本でIT関係の仕事をしている中国人も、時事問題に触れて、口を揃えて 「日本は、すぐにお金をだす」 と言いながら嘲笑している。
 日本人が、「アメリカの破綻を救ってあげて、中国の経済成長を助けてあげている」 と善意に思いこむのは自由だけれど、日本人は相手国の国民から完全に嘲笑され切っているのである。

 

 

【日本はこんな国】
 たとえは悪いが、貸したお金の使い道には口出しせず、さらに言われるままに貸し付ける日本は、次のような状態ではないか。
「金貸してくれよ」
「はい」
「いまからパチンコやるけど、おまえは外で待っていろ」
「はい」
「全部スッちゃったから、もうちょっと金貸してくれよ」
「はい」
 これでは、あまりに情けないではないか。 (p.190)
 つまり、日本は “カツアゲされ子ちゃん“ ってとこ。
それでも日本人の多くは、「それでもいい」 と思っているから、もうもう・・・・。

 

 

【フィリピン人看護師の受け入れ】
 フィリピン人看護師たちは、言ってみれば 「慰民」、つまりお年寄りたちを ”慰めて” くれる。(p.152)
 著者は、フィリピン人看護師の受け入れ賛成派の意見を述べているけれど、既に “失敗” という結論は出ている。若者ならまだしも、老人は、日本人同士のように言葉が通じなければ不安になるのだし、フィリピン人の意識の実態も、明々白々な “出稼ぎ” で、「介護の沙汰も金次第」 であったことが分かって、受け入れ賛成派の人々すら引いてしまったのである。
 ジャンク言語である英語・米語民族は移民の受け入れにそれほど困難はないだろうけれど、繊細な言語である日本語民族は、生まれながらの日本語族となれる2世以上でなければ、心の反りは合わず本当の融和は困難である。看護は心のビジネスなのだから、外国人が定着するのは最も困難な業種のはずである。

 

 

【日本が葬送行進曲を聞く時】
 数日前のニュースで、先月の日本の貿易黒字額が増えたと言っていた。世界的な不況で中国への輸出などが大幅に減ったにも関わらず、それ以上に原油価格の下落で黒字幅が伸びたそうである。日本経済は、それほど強固なものであると考えてもいいのだろう。
 日本には巨額な赤字があるけれど、巨額の黒字(貿易黒字、対外債務の収支黒字、知的財産権の黒字)もある。黒字に関する事実が、かつて財政破綻したアルゼンチンとは明らかに異なっている。
   《参照》   『数年後に起きていること』 日下公人 (PHP研究所)
            【経済的に日本は独走している】
 但し、日本とアメリカの経済的癒着は激しいから、両国の財政を合算すれば、かなりキケンな領域に入っていることになるのではないか。つまり、アメリカが頓死する時、日本はアメリカと一緒に葬送行進曲を聞くことになるのだろう。しかし、その時、アメリカは終わっても、日本は首の皮一枚で繋がっているはずである。
 なぜ、そうなるのか不思議だけれど、そうなるという結果だけは分かっている。
 
 
<了>