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 著者は、働く20~30代女性にセグメントしたビジネス人材養成スクールを設立したキャリア・アドバイザーだという。ビジネスの現場で管理職をしている方々から直接学んだと思われることが記述されている。

 

 

【 “付加価値” “相手が” “愛がないと” 】
 富の神様にあなたの手を握ってほしいのなら、付加価値を提供することが欠かせないという法則(ルール)を、あなたは既に知っています。けれど注意してください。提供するのは “あなたが” ではなく “相手が” 感じる付加価値です。相手が何を付加価値と感じるかは、相手を良く見ないと分からないのです。愛がないと独りよがりでまわりが見えず。結果的に上司にも会社にも社会にも貢献できず、何も得られません。愛がないと稼げないのです。(p.40)
 “愛がないと・・・・” は、人材養成の対象を女性にセグメントした場合には、より相応しいアドバイス用語なのかもしれない。あるいは、”白馬の王子様”待望意識に係留されて、あらぬ方向で理解してしまうかも。

 

 

【自分らしい仕事】
 自分らしい仕事を探し求めるのではなく、目の前の仕事に自分らしさを吹き込むのです。
 それをひとつひとつ積み重ねていけば、仕事は必ず、「自分らしい仕事」 になります。
 それを続けられる人がプロフェッショナルであり職人なのです。(p.44)
 “ごもっとも“ なのであるけれど、最近の若者は、「プロフェッショナルになりたい」 と思っていないらしいから、この ”ごもっとも論” は恐らく霞む。
 “プロフェッショナルとしての自覚” が何をおいても先。仕事はプロ世界のものであって、アマチュア世界であるならばそれを仕事とは言わない。だから、以下のような自覚を要請される。

 

 
【仕事の神様からあなたへ】
 自分の仕事の 「社会や会社における位置づけ」 を知るには社会や企業の仕組みの理解が前提である。
 よって、経済や経営、財務の学習は金儲けのためにあらず。
 人として自らに誇りを得るためにするなり。 (p.69)
 正論なのだけれど、男であっても、面と向かってこう言われると・・・結構・・・ビビル。

 

 

【当たり前の幅と深さ】
 成功しているビジネスパーソンが、成功の秘訣を聞かれたときに、「当たり前のことを当たり前にやってきただけです」 と言うのを聞いたことがありませんか。でもよくよく聞いていると、その人の 「当たり前」 が、他人にとっては 「当たり前」 とはいえないことが間々あります。
 これはどういうことかというと、それぞれの個人にとっての 「当たり前の幅と深さ」 が違うということです。
 「幅」 というのはどこまでを当たり前の範疇とするのかであり、「深さ」 というのは徹底度のことです。

 どうやら成功者を見習おうとすれば、自分にとっての 「当たり前の幅と深さ」 を日々広げる必要がありそうです。
 これはどんな職種や業種にも共通することなのです。(p.75-76)
 「当たり前」 の 温度差(著者の表現では “幅と深さ“ )を、最初から示してくれるような親切な人はあまりいない。経験が浅いうちは、「自分は変温動物だから、まずは環境温度に適応しなければならない」 と自覚する必要がある。慣れてくれば、あたかも恒温動物へと進化したかのように生きられる。

 

 

【どんな部下にチャンスを与える?】
 管理職の人に、チャンスとなるような重要な仕事をどんな部下に与えるかと聞くと、どんな答えが返ってくるか?

 能力やスキルの高さが答えに挙がると思いきや、管理職の人たちの答えは 「踏ん張りがきくこと」 が断トツの一位です。 「踏ん張り」 とは、精神的は踏ん張りと肉体的な踏ん張りの両方です。(p.78)
 これを読んで、「能力やスキルですら自信がないのに・・・踏ん張れるわけなんかないじゃん」 と思ってしまう人は、 “華麗なる錯覚” をすべきである。

 

 

【華麗なる錯覚】
 ワンステップ上の仕事の経験をしてみたい。でも実力がまだ伴わないからワンステップ上の仕事が手に入れられない」。 まるでニワトリと卵の関係のようです。
 そんなことを続けていては、いつまでたってもチャンスは訪れません。
 そこでとりあえず実力は横において、まずはチャンスが回ってくる自分に転換させましょう。
 そのために必要なのは 「華麗なる錯覚」。
 最初は 「こいつできる」 ではなく 「こいつできそう」 または 「こいつならできそう」 で十分。そして実際の仕事のなかで本当の実力を身につけていけばいいのです。 (p.87)
 「地位が人を創る」 という諺があるけれど、どんな人でも最初は、下駄を履かせてもらったり背伸びをしたりすることから始まって、結果的に高い視点を徐々に確立してゆくことになるのだろう。
 自己評価というのは客観視できないものだから、それにとらわれていても仕方がない。外からオーバーエスティメイト(過剰評価)してもらったら、ノー天気に “華麗なる錯覚” の世界で舞ってみるのがいい。
    《参照》   『脳を味方につける生き方』 苫米地英人 (三笠書房) 《前編》
              【「無意識の抵抗」を克服するひとつの方法】
               ~ 【地位が人を作る=人生はお芝居である】
 
<了>