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 著者は、中国との戦いで銃声のこだまするチベットからインドへと逃れ、その後、縁あって12歳の頃、日本に移住したという。在日40年にもなり今では日本に帰化している。昔の良き日本を知っているからこそ、このタイトルの書籍になったのだろう。平成19年4月初版。

 

 

【パンデン・ハモ】
 中国軍の機影に怯えながらヒマラヤを越えていた著者。幸い雲が厚くなったので助かったという。
 私たちは、チベットの守護神 「パンデン・ハモ」 のお力だと言い合い、感謝を捧げました。(p.51)
 「パンデン・ハモ」 の “おかげ” ではなく、 “お力” だと言っているところが、文化の違いなのだろう。
 ところで、守護神の名前の意味が書かれていないから、これを記憶するのに “ハモを挟んだパン” をイメージしてしまう。シーフードサンドだけれど、あんまり美味しくなさそう。
 丹後にある籠神社の祭神なんて、 “お皿にのった油ギトギトのハム” と記憶している。何故か神様の名前を食べ物にイメージすると、あんまり食欲をそそらない。

 

 

【チベット二郎】
 川喜田先生は中国のチベット侵攻に真正面から異議を唱えておられたこと、チベットにのめり込み込み過ぎ、学者のあいだで 「チベット二郎」 とあだ名されていたこともあとになって知りました。(p.81)
 KJ法で有名な川喜田二郎先生のことである。このあだ名は下記の記述にも関連している。
 日本に伝わった稲作文化は中国の揚子江河口付近が発祥だといわれますが川喜田先生は 「騎馬民族倭人連合渡来説」 というストーリーで説明していらっしゃいます。
 まず、雲南、東チベットあたりの遊牧民が北方の文化に影響されて騎馬民族化し、南に押し出してきます。そして、川で船を自在に操る稲作の民と融合し、海を渡って日本や朝鮮半島に広がってきたというのです。
 さらに、「倭人」 はこうした起源を持つ集団の総称みたいなもので、「当時の日本と朝鮮半島の文化を別物と考えると古代史を見誤ることになる」 と、当時から主張なさっています。(川喜田二郎著 『ヒマラヤ・チベット・日本』)  (p.82)
 インドシナ半島を縦断し南シナ海に流入するメコン川、メナム川などの国際河川は、いずれもチベット高原を源流としている。外洋を渡る海の民は船舶建造のために巨木を必要とするから、河川上流の山間部の民と縁が深くなるのは普通である。日本とチベットを結ぶルートとしては考えやすい。面白そうだから、川喜田先生の本を読んでみようか。

 

 

【ダライ・ラマ法王】
 私は法王に謁見を申し込み、チベット本土に送る教師たちに高度な諜報のための教育を行うこと、しかも、中国内部で内乱が起きたらチベットの人々を組織して独立運動の中心となるような人たちを送るべきだということを提案しました。
 法王は、私の顔をジーッと見つめたあと、おもむろに口を開いてこうおっしゃいました。
「私たちが世界に対して何をもって中国を非難しているのか、あなたはわかっていますか。中国に正義がないから非難しているのです」
 正義はチベット側にあるのだ、その私たちが小細工をしてどうするのか、とおっしゃったのです。私は目の前が真っ暗になってしまいました。自分の考えの浅はかさをさらして、すぐ逃げ出したいような、とても恥ずかしい気持ちになりましたが、部屋を出て階段を降りるうちに、こう考えたのです。
 ・・・中略・・・。
 法王は政治的な指導者であるまえに、まず宗教家なのです。中国に対しては、いまのようなやり方では勝てないかもしれませんが、少なくとも私たちは裏表なく真実の道を進んでいるのです。(p.95-96)

 

 

【「心の中に火が燃えても、口から煙は出すな」】
 著者が祖国を視察したさい
 私たちは亡命政府の上層部から、こう言い含められていました。
「心の中に火が燃えても、口から煙は出すな」
 私たちはただ調査に徹するしかありません。中国支配への憤りを噴き出したら最後、人々の輪のなかでどれだけ燃えさかるかわかりません。私も故郷の人々と同様、ただ涙が出るに任せるしかなかったのです。
 ・・・中略・・・。
 チベット全体で約7千あったお寺や神殿は、何と99%破壊され、廃墟か畑に変わっています。百万人以上いたと言われる僧侶の数は大弾圧でわずか数千人に減ってしまいました。筆舌に尽くしがたい虐殺の手口・・・。
 いったい、中国はチベットの何を 「解放」 したというのでしょう。 (p.101-103)
 これらの文章を読んで、ひたすら絶句するのみ。
 チベットの民衆は仏教経典を奪われても、すべて暗記して伝承していると言う。
 このような祖国の状態であるにもかかわらず、著者は日本のことを憂えている。
 私は、ある意味では、チベットよりも日本の将来を憂えています。
 チベットは奪われたアイデンティティを必死で取り戻そうとしていますが、何がアイデンティティかも気付かぬまま、日本はそれを失おうとしているのです。 (p.216)
 そんな訳で、この書籍の後半は、 「おかげさま」 という語をキーワードにして、日本の復活・復興を願うような文章が記述されている。

 

 

【おかげさま】
 「おかげさま」 という言葉は英訳することができません。日本人は、この言葉にもっと誇りを持つべきです。そこには、深い精神性があると私は思います。(p.121)
   《参照》   『「脱亜超欧」へ向けて』 呉善花 (三交社)
           【外国人でなければ気付けない日本語の特性】

 

 

【乾燥したフランスパン】
 私が来たころの日本は、まだ完全には先進国と言われていなかったし、物質的には豊かでなかったけれども、あのころの人たちの心は、ものすごく豊かだったと思います。
 その豊かな心に触れた自分が、いま感ずるのは、日本が乾燥したフランスパンみたいになってしまった、ということなのです。水を全然もらっていなかった花壇の花のように、日本が萎れていくのを見ていると、とても悲しくなります。(p.124)
 著者が来日したのは、1965年。
 帰化して1年以上が過ぎ、感謝しているのは、日本のパスポートです。
 日本のパスポートを持っていると、国があるということがどんなに素晴らしいことか、つくづく実感するのです。それは、気持ちの上でも実務上でもそうです。(p.126)
 台湾を追われていた金美齢さんも、まったく同じことを言っている。
 日本人の殆どは、おそらく 「観光旅行のために必要だから持っていないことには仕方がない・・・・」 程度の認識なのである。国家の庇護化にあることを当たり前とすら意識していないのなら、 ”おかげさま” という気持ちなどとうてい生じようもない。

 

 

【 「おかげさま」 の精神を取り戻せ】
 他の国では、日本のように、自分の会社の名誉や信頼がかかっているから、一生懸命きれいにする、などという考え方はないのです。
 最近、世界中に人たちが、日本のそういう公共心や所属意識を学ぼうとしています。ところが、肝心の日本が、自らそれをぶち壊そうとしているのですから、残念でたまりません。
 まずは政治家にしろ学校の先生にしろ、お手本となるべき人たちが 「おかげさま」 の精神を取り戻す必要があるのではないでしょうか。(p.135)

 

 

【価値基準の変容】
 私はたくさんの専門家が出現することによって、逆に社会が複雑化し、人と人とが心を通い合わせる努力を放棄する口実を作ってしまったと思うのです。
 それに伴い、価値基準も大きく変わりました。 「私」 よりも 「公」、 「一人」 よりも 「大勢」、それが物事を考えていく上で、当たり前の価値基準だったのに、そういう価値基準が壊されてしまったのです。(p.151)
 その通りである。アメリカ化と同時進行で、「おかげさま」 という精神は希薄化してきた。

 

 

【イスラム教徒は過激か?】
 私もマレーシアやインドネシアは何度も訪れていますが、異教徒に対するイスラム教徒の寛容の精神は大きく、イスラムイコール過激という考え方は当てはまりません。(p.186)
 前著 『悪の戦争論』 にも書いたように、イスラムに 「原理主義(的なるもの)」 があるとしても、それは中東への米国の介入に対する反発から生まれたものです。無差別に人を殺すテロ行為は、たとえ異教徒であっても、イスラムの教えに反するのです。(p.192)
 戦略的な圧政に苦しめられれば、何教徒であろうと反動的になるのが普通である。しかし、宗教は本来、「平和」 を共通の認識としているのだから、意図的に武器が供給されなければ、破壊に向かってそうやすやすと過激に行動するはずなどないのである。
 「テロを行う狂信的○○教徒」 というのは、実は、戦争ビジネスを企画する戦略国家群が互いに自前で作って育てた戦争トリガーとしての核弾頭組織である。そしてその破壊の様子を、配下のマスコミを通じて世界に配信して世論を戦争へと誘導するのである。
 戦略国家中国に国を追われたチベット人の著者は 「反中」 であり、かつまた、戦略国家アメリカに恣に支配されようとしている中東諸国のイスラム教徒を擁護する立場で 「反米」 なのは、生身の観世音菩薩を国の中心として定めるチベット人の 「平和主義」 からして当然のことである。
 ダライ・ラマを敬愛する多くの日本人もまた 「平和主義者」 なのだから、軍事力で奪い取るだけで、 “おかげさま” という精神などどこにもありえない覇権主義諸国家に対しては、おしなべて、異議申し立てをしたいのである。
 だからこそ、「反ロ」・「反中」 かつ 「反米」 となるのが普通であり本音である。
 
<了>
 

  ペマ・ギャルポ著の読書記録

     『ワンチュク国王から教わったこと』

     『おかげさまで生かされて』