
著者は、TBSのバンコク支局長をされていた方だという。東南アジア全域を実際に歩いた体験を元につづられているので有意義な内容である。
華僑・華人の経済的な進出と、イスラムなどの宗教的な対立が、東南アジア複合社会の影を深くしているらしい。
【タイ】
東南アジアでは、マレーシアのプミプトラ政策(マレー人優遇政策)のように、直接的にも間接的にも華僑・華人に対する排他的措置をとっている国々が多い中で、タイは例外的に、華僑・華人の進出をそれほど阻んでいない国のようである。チャトリ氏も華人である。
華僑・華人の経済的な進出と、イスラムなどの宗教的な対立が、東南アジア複合社会の影を深くしているらしい。
【タイ】
チャトリ氏は、東南アジアでも1,2を争うバンコク銀行グループを、父から受け継いだわけだが、どれほどの総資産があるのかは、はっきりしない。少なくとも、タイの税務調査の能力を超えているだろうと思えてならない。
タイの税金は、金持ちほどその抜け穴を知っていて、払わずにすませているからである。金持ちほど、何でもできるお国柄でもある。 (p.27)
タイは、外資に対する優遇税制を採ってきたので、日本を含む国際的企業がいち早く進出し、東南アジアのハブとなった経緯がある。資産家個人に対しても杜撰税制なのだろう。タイの税金は、金持ちほどその抜け穴を知っていて、払わずにすませているからである。金持ちほど、何でもできるお国柄でもある。 (p.27)
東南アジアでは、マレーシアのプミプトラ政策(マレー人優遇政策)のように、直接的にも間接的にも華僑・華人に対する排他的措置をとっている国々が多い中で、タイは例外的に、華僑・華人の進出をそれほど阻んでいない国のようである。チャトリ氏も華人である。
タイでは、大学生は、同じ世代の一割にも満たないエリートである。「日本語科」 をみる限り、その9割が華僑・華人系であり、経済的にも 「金持ち」 の部類に入る子供たちが多い。 (p.50)
【インドネシア】
インドネシアでは、華人の経済的な進出は許容しても、教育と政治への進出はタブーになっているらしい。
65年から90年まで、インドネシアは、中国との正式国交がないままだったのである。というのは、インドネシア共産党が絡むとされている 「9・30事件」 という武力革命の動きが、65年に起こる。・・・(中略)・・・。インドネシア共産党の背後では、中国が支援していたというのである。 (p.32)
このような経緯があるから、インドネシア在住の華人企業家たちは、不測の事態に備えて、華僑・華人の多い所、即ちシンガポールを資産保護の場所として利用しているそうである。インドネシアでは、華人の経済的な進出は許容しても、教育と政治への進出はタブーになっているらしい。
「最高学府のインドネシア大学には、華僑・華人系は、ほとんど奇跡でしかはいれませんよ。だから、華僑・華人系の人たちは、初めから外国の大学を目指しているんです」 と言うのだ。 (p.29)
【東チモール】
現在は、世界で最も新しい国、つまり独立国となっているけれど、それ以前の紛争の根っこはというと、
現在は、世界で最も新しい国、つまり独立国となっているけれど、それ以前の紛争の根っこはというと、
インドネシアは、オランダの植民地であった時代、東チモールは、ポルトガルの植民地であった。ここから、ボタンのかけ違いが始まっている。 (p.103)
【ラオス】
「ラオスの国営放送は、お堅くて面白くないからね。だから、みんなタイのテレビを見てしまうんですよ」 と、ホテルの主人が説明する。 (p.97)
民家の屋根のアンテナはタイの方向を向いているのだという。
タイとラオスは言葉が似ている。「8割以上分かりますよ」 と、お互いに言う。お互いに方言ほどの違いにしか感じていない。 (p.97)
【カジノの建設】
タイとラオス、そしてミャンマーの三国が入り組む国境地帯に、カジノを作ろうという計画が浮上した。建設計画が漏れるや、議論になったが、結局建設は始まった。
この計画では、タイ側にはカジノはない。タイ側には、駐車場しかない。大きな駐車場まで来たら、橋かスピードボートで川の中州に渡る。この中州には、カジノが建設されているという寸法だ。
川の中州は、国境協定でラオスに属している。フランス統治時代にできた国境協定だから、当時フランスの力には抵抗できず、タイ側は中州を手放さざるをえなかった。 (p.144-145)
経済的に貧しいラオスと、体面を良くしたいタイの思惑と、東南アジア地域の住民の賭博愛好癖が、有機的に結びついたカジノ建設のようだ。というか、本質的には、ゴールデントライアングルから上がる富のマネーロンダリング場所として作られたのである。この記述にあるのは、タイとラオスの国境だから、アメリカとフランスのため。中国とラオスの国境には中国のためのマネーロンダリング場所が予定されていたのである。どっちにしても薄汚い世界である。この計画では、タイ側にはカジノはない。タイ側には、駐車場しかない。大きな駐車場まで来たら、橋かスピードボートで川の中州に渡る。この中州には、カジノが建設されているという寸法だ。
川の中州は、国境協定でラオスに属している。フランス統治時代にできた国境協定だから、当時フランスの力には抵抗できず、タイ側は中州を手放さざるをえなかった。 (p.144-145)
【麻薬汚染の総本山:CIA】
【ボーテン・ゴールデン・シティ】
カンボジアの首都プノンペンの中心部に国会議事堂があるけれど、この建物に隣接して、なんと同じような大きさの立派なカジノが建っている。観光バスの車内で、現地人ガイドが恥ずかしそうに説明しているから、日本人なら誰でも唖然としながら聞いたことを良く覚えているだろう。東南アジア人と華人の賭博にかかわる民族性はいずれも似たようなものらしい。
カンボジアの首都プノンペンの中心部に国会議事堂があるけれど、この建物に隣接して、なんと同じような大きさの立派なカジノが建っている。観光バスの車内で、現地人ガイドが恥ずかしそうに説明しているから、日本人なら誰でも唖然としながら聞いたことを良く覚えているだろう。東南アジア人と華人の賭博にかかわる民族性はいずれも似たようなものらしい。
【パキスタンのペンシル・ガン】
街中どこでも銃を売っているパキスタンでの話。
街中どこでも銃を売っているパキスタンでの話。
「ペンシル・ガン」 は、ちょうどボールペンの後ろに当るところを押すと、前から銃弾が発射される仕組みだ。殺傷能力は乏しいが、至近距離からなら人を殺せるという。「これなら買うだろう」 と、店員が言った理由が分かった。日本人だと聞いたから、これを持ってきたのだ。何と 「ペンシル・ガン」 には、ボールペンに見せかけるため、「 MADE IN JAPAN 」 と刻み込んであるではないか。 (p.159)
著者が、日本は武器輸出を法律で禁じているから、メイドインジャパンの銃はありえないと説明すると、
「日本の品物は、みんな良くできている。武器だって、日本のものなら優秀に違いないだろう。売れば高く売れるはずだ。商売になるだろうに」 と、舌打ちする。 (p.160)
【高速道路が滑走路に変わる台湾の緊張】
「高速道路が、ここだけ何か変ですね」 と、案内の台湾人に尋ねる。ゴム製の標識だけでは、対向車が飛び込んできそうな気がする。
「ここは、何か事が起きた時は、滑走路に変わるんですよ。真ん中の標識は道路の下に入って、戦闘機でも着陸できるように作ってあるんですよ」 と、直線高速道路の使い道を説明してくれた。 (p.167)
このような道路建設は、当然のことながら韓国にもある。ソウルから第三トンネル(北朝鮮が韓国侵略のために秘密裏に国境地帯に掘削していたトンネル:現在は観光地)に向かう直線道路では、道路の下を電車の線路がくぐっているのである。そして山間地でネックとなる地域の道路には、コンクリート枠のトンネルを設置しその上に多量の岩石を載せている。有事の場合は発破して道路を塞ぐのである。「ここは、何か事が起きた時は、滑走路に変わるんですよ。真ん中の標識は道路の下に入って、戦闘機でも着陸できるように作ってあるんですよ」 と、直線高速道路の使い道を説明してくれた。 (p.167)
【タイのワイ】
タイの観光地でワイにうつつを抜かしていると財布を抜かれる。「微笑みの国」 と言われ、ワイが生活に根づいているといっても、タイの現実を甘く見てはいけない。外国の国賓の宝石すら消えるのである。
「人には誰でも仏が宿っていると考えるんです。だから、ワイと呼ばれる手を合わす挨拶をして、人それぞれを敬う気持ちを、手を合わすことで表すのです」 と、タイ人の大学教授から聞いたことがある。 (p.198)
日本人の観光客も、おそらくガイドからこれを学ぶのだろう。目上の相手には額の当りで、同等の相手には鼻の辺りで、目下の相手には鼻の下ほどのところで合掌する。タイの観光地でワイにうつつを抜かしていると財布を抜かれる。「微笑みの国」 と言われ、ワイが生活に根づいているといっても、タイの現実を甘く見てはいけない。外国の国賓の宝石すら消えるのである。
敬虔な仏教徒の国だが、こと犯罪に関しては、「宗教心」 のかけらも見られないのが現状なのか。 (p.203)
中国と同じである。警察も役にはたたない。「地獄の沙汰も金次第」 らしい。この本が書かれたのはアジア通貨危機以前だから、今はさらに治安が悪化していることだろう。【宗教対立】
ミンダナオ島ではフィリピンの中央政府に反抗する、モロ民族解放戦線(MNLF)が、独立武装闘争を繰り返しているモロ民族は、400万人とも言われ、イスラム教徒が大半である。
フィリピン全体では、カソリック教徒が8割以上を占めている。イスラム教徒は7%ほどで少数派なのである。
女性はミンダナオでチャドルを被らずに生活するのは、命に関わるほどのことらしい。
フィリピン全体では、カソリック教徒が8割以上を占めている。イスラム教徒は7%ほどで少数派なのである。
「宝石の島」 といわれるスリランカでも、仏教徒のシンハリ人と、ヒンズー教徒のタミール人との抗争が続いている。 (p.239)
宗教や民族や政治や経済などが複合的に絡み合って、こじれきっている地域が多い。 これって、東南アジアに限ったことではないけれど。
「宗教」 に対する政治の舵取りはきわめて難しいと言える。「信じた人々」 にとっては、「宗教」 は 「絶対的な価値」 でもあるからである。 (p.244)
宗教が理想主義と手を結んだ場合、破壊的な事態を招くであろうことは、西洋のかつての歴史が語っている。東南アジア地域の場合は、宗教対立と言っても、絶対的な価値を貫く原理主義的理想というよりは何処か生活臭さが漂っている。道徳レベルの低い国々は、武器を輸出したがったり、国益に従わせようとする先進諸国のカモになりやすい。<了>