
元フォークソング歌手で精神科医の北山さんと、その父親世代の評論家・吉本さんの対談。北山さんは団塊の世代の方。
【タブーの構造】
【タブーの構造】
北山 : 人間というのは一つのタブー(症状)を止めたら、また次にもう一つ別のタブーを作らなければ生きていけないという宿命みたいなものがある点なんですね。
吉本 : 種族とか氏族とかを超えてタブーにある共通点があるとすれば、人間は乳児のときの母親との関係以外のことは全部タブー、異物にしてしまうのではないかと思うんです。
北山 : そうですね。そのとおりです。 (p.80)
んでもって、精神科医にかかる方々の心中の宿啊となっているのが、愛の階級差である。吉本 : 種族とか氏族とかを超えてタブーにある共通点があるとすれば、人間は乳児のときの母親との関係以外のことは全部タブー、異物にしてしまうのではないかと思うんです。
北山 : そうですね。そのとおりです。 (p.80)
【愛の階級差】
種族とか氏族にタブー(禁忌)があったから発病する人がいたというよりは、それらのタブーこそが発病予防としての “押さえ” だったと考えるべきなのだろうか。
多産多死社会であった時代は、一人の母親ではまかないきれない愛の階級差を生んでいたのだから、タブーは呪術的意味合いを含みつつ、あるいは利用されつつ、法治に代わる社会の “押さえ” だたはずである。
北山 : 問題は十分な育児を受けたかどうかという点でして、やはり愛に飢えていたと思うんです。ですから学生運動というのは、どこかに 「愛されたい」 という要求があった。もっと良い大学を作りたいというのは、もっと良い 「居場所」 を作りたいという運動だったんじゃないでしょうか。
愛の階級差というものに対して。それぞれがもっと自覚的であればもっと面白い文化ができてくるような気がするんですがね。一方で愛の階級闘争に負けたために、それをうまく処理できなくて発病する患者さんがいるわけですね。 (p.149)
愛の階級差による抑圧的エネルギーを、無自覚ながらも社会的な闘争に転化して昇華できれば、まだしも個人は救われる。社会的に転嫁せず内に抱え込むと、場合によっては発病する。愛の階級差というものに対して。それぞれがもっと自覚的であればもっと面白い文化ができてくるような気がするんですがね。一方で愛の階級闘争に負けたために、それをうまく処理できなくて発病する患者さんがいるわけですね。 (p.149)
種族とか氏族にタブー(禁忌)があったから発病する人がいたというよりは、それらのタブーこそが発病予防としての “押さえ” だったと考えるべきなのだろうか。
多産多死社会であった時代は、一人の母親ではまかないきれない愛の階級差を生んでいたのだから、タブーは呪術的意味合いを含みつつ、あるいは利用されつつ、法治に代わる社会の “押さえ” だたはずである。
【当たり前の育児を評価し、言葉にしてゆくこと】
タイトルの絡む結論らしい記述が、最後に書かれている。
タイトルの絡む結論らしい記述が、最後に書かれている。
北山 : 普通であること、たとえクリエイティブでなくても、精神的に安定していること、これが基本なんだろうと思うんです。お母さんは専門的芸術家ほどにまでクリエイティブである必要はないし、むしろ当たり前の育児が中核にあるべきなんですね。それを評価し、言葉にしていくことが重要なんだろうと思うんですが、・・・ (p.181)
<了>