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 韓国の古典文学と紹介されている。作者は未詳。
 李夢龍と春香の純愛小説。階級社会制度下で身分の異なる若者どうしが惹かれあい、親の許可を得られないながら、許婚の契りを交し分かれて暮らす。やがて最高の出世栄達を遂げた李夢龍が、邪悪な為政者に捕らえられている春香を救い出すというストーリー。

 

 

【怒りの表現】
 香丹は額にみみずを走らせて食ってかかった。   (p.21)
 これは、韓国語の表現を忠実に翻訳したものなのだろうか? 日本でなら “額に青筋を立て” という表現になるのだろう。
 何人もの登場人物たちに共通する怒りの感情表現がストレートすぎると思ってしまう。チャンちゃんはそのような部分に韓国文化の特徴を感じる。強すぎる感情が違和感を呼び起こすのだ。

 

 

【儒教道徳で諭した純愛の根拠】
 「忠君は二君に仕えず、また婦女子と言えども、二夫にかしずかないと聞きました」    (p.69)
 これは日本でも全く同様に語られている(た?)道徳であるけれど、最近の若者たちはこの文言に価値を認めるのだろうか?

 

 

【純愛の気迫】
 許婚と遠くはなれて暮らしている時、美しい春香をてごめにしようとする太守の圧力下で酷い仕打ちを受けつつ、春香はこのように叫ぶ。
 「太守様お聞き下さい! 死を覚悟したこの思い、それでも判りかねますか? たとえ殺されても、わたしの魂魄此処に止まり、おなごの千秋の怨み心、真夏にも霜を降らすとの譬え、聞かれませんでしたか? さあ、いっその事あたしを殺して下さい!」
 なんか、このような口上を読むと、もろに歌舞伎なんかの時代劇っぽくて・・・・・・、分かるにはわかるんですけどね。翻訳された方が1930年生まれの方なので、このような翻訳になってしまうのでしょう。韓国の文学を日本に普及させたいのなら韓国語の読める若い日本人女性に翻訳してもらった方が良いように思う。文章がちょっと硬い。
 中国や韓国の文学には、人の想いが自然現象に作用して異変をもたらす、という内容のものが多いのだろうか。たまたま耳にしたことのある別のストーリーもそうだった。

 

 

【ストーリーの脚色】
 李夢龍は、伏して杯を両手で受け、玉顔を拝み、聖恩に浴して咽び泣き、只一筋に忠誠を固く誓った。
 「朕は、この度の科挙に於ける、卿の壮元及第に対するその労をねぎらい、此処に全羅道の暗行御史に任ずる。速やかにその任務を全うせよ!」   (p.87)
 壮元というのは、科挙試験の主席合格者のみに与えられる最高の位。これ以上ない、最高の脚色である。
 暗行御史は、日本で言うならば全国をめぐって悪代官を懲らしめていた水戸黄門一行のような官職者。身分を隠すために、粗末な衣装に身を包んで国中を行脚した。

 

 

【再会】
 身分を隠すために乞食の姿で、春香の家に現れた李夢龍。最高官位の者とは知らない春香の母親は、李夢龍に対しすっかり軽蔑しきった態度で応じたけれど、春香は以下のように訴えている。
 「母さん! あたしの着ていた錦の着物が箪笥の中にありますわ。それを売って殿様の外着を誂えて頂戴な。その他に、袴も売って殿様が人々より見くびられないように気をつかって下さい。あたしが死んだ後にも、あたし亡いとてないがしろにされないで、あたしに対するよう、殿様に仕えて下さい。おねがいよ・・・・!」 (p.103)
 こうでなければ、人心を打つ、美しい純愛小説にならない。

 

 

【コミカルな表現】
 暗行御史の李夢龍が、宴席で悪代官ならぬ悪太守に身分を明かし懲らしめる最後の場面。
 その中でも今日の主人公、下太守は常の威風堂々とした傲岸不遜な態度は何処へ落ちたのか・・・?
とっくに酔いも醒めて驚愕の余り冷や糞を洩らしながら、尻を天に向けて穴を探し求め這い回り、何処かへ頭を突っ込んで避難しようと大騒ぎであった。 (p.120)
 周章狼狽する様子がこのようなマンガちっくな表現になっている。涙あり笑いありという脚色なのであろうけれど、このような表現を日本の純愛小説の中で読んだ記憶はない。

 

 とにもかくにも、暗行御史として宴席に潜入していた李夢龍は、春香を不当に捕らえていた悪太守を懲らしめ、春香は、乞食の李夢龍が最高官位の者となっていたことに驚嘆しつつ、胸に泣き崩れるところで、この物語は終わる。実に水戸黄門的なエンディングである。
 
<了>