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 タイトルにあるミドルとは中間管理職を意味している。情報化の進展に応じて喧伝された「中間管理職不要論」に、異議を唱える内容の書籍である。
 時代の変化に応じた組織をマネジメントする上で、変えなければならないことを模索する過程を読んでみると、一般人であっても役立つものがある。
 この書籍は1997年初版であり、既にかなり言い古された内容だけれど、あえて書き出しておく。

 

 

【「組織」は「人材」に従う】
 どの企業にも通用する理想的な組織形態はない。・・・(中略)・・・。そもそも、「組織」は、その組織が抱える「人材」の力量と人数によって、最適な形態が決まる。例えば、社長の責を担えるほどの人材を3人抱えているならば、その企業を3つに分社化して経営することは可能であるが、事業部長が務まる人材が3人しかいない企業で、8つの事業部制を採ることには大きな困難がある。すなわち、経営学の分野では、「組織は戦略に従う」という原則が語られるが、現実の経営においては、「組織は人材に従う」という原則が、厳然として存在しているのである。 (p.10)
 あるべき理想の組織に近づける最適化より、人材によってなる組織を目指した方が、自ずと最適になる、ということ。

 

 

【情報の3レベル区分】
 著者は、企業の中で扱われる「情報」を、
言語化も定型化もできる「データ」、
言語化はできるが定型化はできない「ナレッジ」(知識)、
言語化も定型化もできない「ノウハウ」(智恵)
という3つのレベルに区分して用いることが、実務的に最も有効であると考える。 (p.54)

 

 

【情報の共有化】
 これら3つのレベルの情報共有は、あくまでも、同時に進めていくべきものである。 (p.56)
 共有情報を格納するデータベースを作成する上で、「重要なデータ」と「重要でないデータ」を判断するためには、「業務に関する高度なナレッジ」が必要不可欠であり、「データ」と「ナレッジ」は不可分なことが多々あることを理解しておく必要がある。

 

 

【高度な情報の共有化には、「共鳴」や「共感」が必要】
 「ナレッジ」や「ノウハウ」などの高度な情報は、単に「言語情報」や「イメージ情報」として物理的に「共有」されただけでは、その豊かな内容が伝わらないのである。その内容が豊かに伝わるためには、「伝える人間」と「伝えられる人間」との間で、「共鳴」が起こらなければならない。この「共鳴」を「共感」と呼んでもよい。
 言葉を換えれば、「ナレッジ」や「ノウハウ」が豊かに伝わるときには、かならず「送り手」と「受け手」の間で、「共鳴」や「共感」が生じているのである。 (p.66-67)
 

【「共感の場」を維持するには】
 「共鳴・共感の場」として、同期社員の電子コミュニティー、同一職場の電子コミュニティーなどの事例が挙げられている。電子コミュニティーが成功するには、豊かなナレッジが必要である。
 課長が電子メールでコミュニケーションできる上司であったとしても、部下が電子メールで業務上の問題を相談してきたとき、豊かな「ナレッジ」に裏づけされた役に立つ「アドバイス」を返せなかったならば、部下たちは徐々に電子メールを送ってこなくなることは明らかである。
 すなわち、このエピソードが教えるのは、電子メールは、「優れたマネジメント」を支援し、「豊かなナレッジ」を活用する「手段」にはなるが、「未熟なマネジメント」や「貧困なナレッジ」を補う「手段」にはならないということである。 (p.116)

 

 

【情報システムの本質】
 誤解を恐れず、情報システムの本質を、分かりやすい比喩で述べよう。
 「情報システム」とは、「自動車」ではない。
 「情報システム」とは、「自転車」なのである。  (p.117-118)
 「情報システム」は、自転車を漕ぐ人の体力(マネジメント能力)を正確に反映してしまう、ということである。
 

【「共感」する力こそが、「共感の場」を生み出す力となる】
 メンバーの声に「共感」する力こそが、「共感の場」を生み出す力なのである。多くの人々が、このことを逆に理解している。メンバーから「共感」を引き出す力が、「共感の場」を生み出す力であると誤解しているのである。 (p.138)
 「共感の心をもって、メンバーの声を聞き届ける」
 そのことの大切さは、いくら強調しても足りないほどのものである。 (p.139)
 技術力だけで云々できるのは、初級から中級レベルのビジネス領域である。最高級クラスの品質や意思決定を行う上級レベルでは、「共感の場」を持たないことには始まらない。
 「共感の場」を生み出すには、「共感」する力、すなわち、「共感する心を持って、相手の声を聞き届けること」が必要である。
 「聞き届け」とは、自分の心の奥底にまで届くほどに「聞く」という意味である。 (p.137)

 

 

【稟議と根回しの欠点】
 「根回し」の過程でのやりとりは、「本音」で重要な議論がなされているのだが、その内容は記録もされなければ、共有もされない。従って、こうした「稟議と根回し」という意思決定のスタイルを続ける限り、組織全体としては「失敗から学ぶ」と言うことが極めて難しく、そのため、組織が「経験」を積んでも、組織の「ナレッジ」が豊かにならない。  {p.153}
 日本型政治に代表されるこの様な意思決定方式は、責任の所在も不明確である。安定した経営環境が維持されている時代であるならこれで良いのであろうが、不安定な変革の時代にはあまり相応しいとは言えない。

 

 

【インターネット革命前後の企業文化】
インターネット革命以前の古い企業文化
 「クローズ」(閉鎖性)、「トップダウン」(階層性)、「リーダー」(他律性)  (p.205)
 ・リーダー(指導者)に対するフォロアー(追随者)という視点で「フォロアー文化」
インターネット革命以後の新しい企業文化
 「オープン」(開放性)、「ボトムアップ」(平等性)、「ボランティア」(自律性)  (p.203)
 ・「フォロアー文化」に対して、「ボランティア文化」
 インターネットの本質は、「インターネットによる企業文化の変革である」 (p.208)
 と、著者は述べている。 追随的企業文化から、自発的企業文化への変革である。

 

 

【中間管理職の役割】
 中間管理職は、この最高の経営資源である「企業文化」を、自ら先頭に立って変革していかなければならない。 (p.209) 
 「最近の若者は・・・・」と、同じ口癖をくり返し言っている管理職者は、「若者は、我々のフォロワーであるべきだ」という古い企業文化の枠で考えている。これでは変革にならない。
 中間管理職の役割は、自身が持つ「ナレッジ」や「ノウハウ」を、「共感の場」を通じて惜しみなく投入することで、企業文化の変革に貢献することなのであろう。
 
<了>