
よその県にお嫁に行っている京都の出身のはんなりはんが読めば、懐かしがれる最上級図書なのだろう。
著者は京都出身、イギリス在住の方なので、文化比較という視点でイケズを語るのにも最適な人のようである。
【イケズ】
著者は京都出身、イギリス在住の方なので、文化比較という視点でイケズを語るのにも最適な人のようである。
【イケズ】
まず ――― イケズは陰険ではない。意地悪でもない。皮肉ともまた違います。イヤミでもありません。イケズと毒舌はほとんど無関係です。イケズは天邪鬼とも一線を画しています。イケズとイジメはむしろ正反対の態度。
いかがでしょう。これだけ説明すれば、非京都人(よそさん)の頭にあるイケズ像がいかに事実無根であるかわかっていただけたんじゃないでしょうか。 (p.10-14)
消去法で残ったものはいかなるものなのか。それはこの本に記述されている会話の実例を読んでみるしかない。いかがでしょう。これだけ説明すれば、非京都人(よそさん)の頭にあるイケズ像がいかに事実無根であるかわかっていただけたんじゃないでしょうか。 (p.10-14)
【イケズの醍醐味】
イケズの醍醐味は “応酬” にあります。自他の間に緊張と緩和を連鎖させてスリルとサスペンスを味わう娯楽として。・・・(中略)・・・。イケズは京都人たちのコミュニケーションを彩るのです。 (p.56)
芸術的なイケズが記述されている。これを読んだら、笑いが止まらない。
「やー、長いこと見いひんかったねぇ。まあ、立派な娘さんになりはって。ちいちゃい頃は、どないなベッピンさんにならはるかと思てたのに」
「そんなお世辞いわんといてー。恥ずかしいやんか。おばちゃんのほうは、ぜんぜん変わらはらへんねぇ。ずーっと昔から今みたいやったわ」 (p.155)
「そんなお世辞いわんといてー。恥ずかしいやんか。おばちゃんのほうは、ぜんぜん変わらはらへんねぇ。ずーっと昔から今みたいやったわ」 (p.155)
【イケズに宿る「平安の魂」?】
【筋金入りのイケズ・利休】
それにしても、切腹を強要されるまで貫きとおした “イケズ” っていったい何なんだろう。
今日の京都人が碁盤の目の上で交しているイケズのパターンはみんな 『源氏物語』 に記されていて、平安人と同じツボで私たちも共感することができる。
京都人にとって彼ら彼女ら(『源氏物語』 の登場人物)は千年前の幻ではありません。笑いや諧謔を通して、活き活きとした感情を現代人に伝える “時の語り部”なのです。そんなわけで京都人がイケズを口にするとき、紫式部に宿っていたのと同じ平安の魂がその舌に降りていたりします。怖いですね。京都人はイタコなんですよ。基本的に。 (p.84-85)
イケズのパターンは 『源氏物語』 に既に記述されていた!?京都人にとって彼ら彼女ら(『源氏物語』 の登場人物)は千年前の幻ではありません。笑いや諧謔を通して、活き活きとした感情を現代人に伝える “時の語り部”なのです。そんなわけで京都人がイケズを口にするとき、紫式部に宿っていたのと同じ平安の魂がその舌に降りていたりします。怖いですね。京都人はイタコなんですよ。基本的に。 (p.84-85)
【筋金入りのイケズ・利休】
秀吉が朝顔を楽しみにやって来るのを知ったうえで夜の明けぬうちに蕾を全部落とし、一輪だけを茶室の掛花に挿して迎えたパフォーマンスは、イケズといわずしてなんでしょうか。
しかも、近年表千家で発見された4世家元の遺稿 『伝聞書』 によれば、利休は似たようなイケズをさんざん繰り返していたらしい。馬鹿にされてるってことだけはサルでも確信したでしょう。 (p.104)
よそ者のサルの憤懣いかばかりであったか・・。しかも、近年表千家で発見された4世家元の遺稿 『伝聞書』 によれば、利休は似たようなイケズをさんざん繰り返していたらしい。馬鹿にされてるってことだけはサルでも確信したでしょう。 (p.104)
それにしても、切腹を強要されるまで貫きとおした “イケズ” っていったい何なんだろう。
【イケズ書としての『不道徳教育講座』】
ところで、三島由紀夫はヤマトダマシイに憑依されたのではない。雅、はんなり、イケズは宮廷文化に連なるものである。シルクロードの終着点であった京都には、渡来文化が輻輳したからこそイケズを生んだのである。純に日本的(大和的)なるものから京都を見れば、非京都人がよそ者なのではなく、京都人こそがよそ者なのである。
三島由紀夫は、いくら筆を走らせても、決して満たされないものをある時点から感じていた。三島は最後に憑依されたわけではない。意図的に徐々に鋼の肉体に改造して行ったのである。 “雅な文” と “鋼の武” を自分自身の中に完成させたかったのではないだろうか。文武両道が成就してこそヤマトダマシイは満たされるのである。
あんなに立派なイケズだったのに、人生の最後でヤマトダマシイに憑依されてしまったのが三島由紀夫。残念でなりません。私が座右のイケズ書として愛してやまない 『不道徳教育講座』 とか、サイコーですよ。 (p.127-128)
京都人は、この記述に再三再四首肯するのだろう。著者が座右のイケズ書として愛してやまない 『不道徳教育講座』 を、最近、京都出身のはんなりはんに薦められたばかりだったので、書庫から探し出して再読中だった。学生時代に読んだときはイケズという視点など知るよしもないのだから、そうとは思っていなかったけれど、今は『不道徳教育講座』 をイケズ書として見る視点にかなり納得が行く。だからなのだけれど、そもそも、三島由紀夫には 『仮面の告白』 などというイケズ的なタイトルの作品があって、三島作品の中ではしょっぱなに書かれていたものであることを思い出した。ところで、三島由紀夫はヤマトダマシイに憑依されたのではない。雅、はんなり、イケズは宮廷文化に連なるものである。シルクロードの終着点であった京都には、渡来文化が輻輳したからこそイケズを生んだのである。純に日本的(大和的)なるものから京都を見れば、非京都人がよそ者なのではなく、京都人こそがよそ者なのである。
三島由紀夫は、いくら筆を走らせても、決して満たされないものをある時点から感じていた。三島は最後に憑依されたわけではない。意図的に徐々に鋼の肉体に改造して行ったのである。 “雅な文” と “鋼の武” を自分自身の中に完成させたかったのではないだろうか。文武両道が成就してこそヤマトダマシイは満たされるのである。
【英国人(シェイクスピア)と京都人】
英語も京都語も詳しくはないけれど、この説明はなんとなく分かる気がする。方言を標準語にしてしまうと、含みが落ちてしまうことは多分にあるのだから。
シェイクスピアはかなりイケズの本質を理解していたといえるでしょう。というか、かなりイケズな性格だったのは確実です。 (p.139)
それにしても英語から京都語に直接翻訳してゆくと、こんなにも鮮やかにオリジナルのニュアンスが香りたつものかと、われながら感心します。 (p.144)
著者は英国に30年も暮らしているのだという。それにしても英語から京都語に直接翻訳してゆくと、こんなにも鮮やかにオリジナルのニュアンスが香りたつものかと、われながら感心します。 (p.144)
英語も京都語も詳しくはないけれど、この説明はなんとなく分かる気がする。方言を標準語にしてしまうと、含みが落ちてしまうことは多分にあるのだから。
シェイクスピアが活躍していた時代、舞台の中心は 「観る演劇」 ではなく 「聴く演劇」 でした。華やかな装置も仕掛けもなく、芝居は歌舞伎のように 《型(マイム)》 で表現され、演技より台詞のほうがずっと重視されていたのです。それゆえに役者の喋る言葉はどんどん洗練され、濃密になり、2重3重の意味を含み、隠喩や比喩で膨れ上がって、いつしか怪物のごとき身体を持つようになりました。 (p.146)
シェークスピアの生地として観光地化されているストラトフォード・アポン・エイボンにあるスワン・シアターでヘンリ4世(だっけ?)を観劇したことがある。もともと極貧な英語力であるからにしても、単語が殆ど聞き取れなかった。現代英語ではなく古英語で話されていたのだろうと思っていたけれど、上記の記述によると、シェークスピアの作品を鑑賞できるには、超上級な英語力に加えて、相当な文化力が必要なようだ。
【人生に活かすイケズ】
思うに一番難しいのは ―― 成長期を過ぎた ―― 愛情の継続でしょう。発生の原因や成長の原動力がさまざまであるのに対して、継続に必要なのはただひとつ。《会話》に尽きます。 (p.150)
互いの気持ちに自信がある。遠慮が要らない。リラックスできる。だからイケズだって出てくる。イケズのシャワーは、雑菌のように人の結びつきを蝕む偽善や退屈や怠惰を洗い流して、関係を健やかにするのです。 (p.153)
普通なら、潤滑剤としてのユーモアやウイットでこのような説明をするのであろうけど、これを殺菌剤のイケズでやってしまう著者のこだわりがすごい。互いの気持ちに自信がある。遠慮が要らない。リラックスできる。だからイケズだって出てくる。イケズのシャワーは、雑菌のように人の結びつきを蝕む偽善や退屈や怠惰を洗い流して、関係を健やかにするのです。 (p.153)
《京都関連:参照》
<了>