イメージ 1

 八幡製鉄から後の新日本製鉄の社長、経団連会長などを歴任し、1970~80年代の日本の経済界の中心となった方の半生記。

 

 

【落第の佃煮?】
 最後は就職試験です。これがまた屍累々、落第の佃煮でした。私が就職試験を受けた昭和二年は大変な不況の真っ盛り。大手の銀行なんかは重役のコネでね、体裁上試験はやるけれど、あらかじめとる人は決まっているんですよ。私は履歴書を書いた、書いた。役所は大蔵省、鉄道省、商工省の三つ。銀行はいくつ受けたか。三井、三菱、日銀・・・・。なにしろ十五銀行まで行ったからかぞえきれない。 (p.164)
 あっけらかんとしたご謙遜なのは分かるのですが、学校の試験での落第癖を自慢げに記述した後に、この文章です。屍累々の佃煮って、小魚とか蝗のイメージなんでしょうか。まあ、何であるにせよ、つまり数えるのが面倒ってことなんでしょうね。
 最終的には、1年高文(文官高等試験)の勉強をして、商工省製鉄所(俗称官営八幡製鉄所)に入ったそうです。

 

 

【木下茂さんのアイデア】
 私の商売の先生として現れたのは、木下成さんです。八幡の指定商だった岩井商店の東京金物係として出入りしていた人なんです。・・(中略)・・。日本の鉄鋼業を大きく飛躍させるきっかけをつくった人といってもいいと思います。
 原料の輸送費を安くするために、鉄鋼業は専用船を採用しましたが、そのアイデアを示されたのも木下さんです。
 その結果、大きな船で原料をピストン輸送できるようになりました。北海道から九州に運ぶ運賃よりも豪州から九州に運ぶ運賃の方が安い、というまでになってね。今日の日本の鉄鋼業の繁栄の大きな要因を作ったわけです。 (p.182)
 欧米の製鉄業は、石炭も鉄鉱石も内陸部で産出したため、輸送の主力は汽車だったようです。こと鉄鋼業に関しては、船で輸送するというアイデアは、当時の世界では前例のないものだったようです。

 

 

【わかっちゃくれない(理想を求め続けて)】
 二十世紀に入って、資本主義は随分変わったと思います。資本家だけがもうけて、労働者は搾取されるのが資本主義だとすれば、今はもう資本主義の時代じゃない。・・(中略)・・。
 でも未だに資本家と労働者が階級闘争をしているかのように考えておられる人たちがいます。そしてそこから企業は悪、とくに大企業は悪いという考え方が出てくるのです。みんなで企業を担い、経済を担っているのだから、みんなでよくなるように考えようということにならないと、なかなか世の中うまくいかないのですが、わかっちゃくれません。 (p.198-199)
 著者の「わかっちゃくれません」というボヤキは、経団連会長として世界の経済問題に関わる過程で、鉄鋼産業ばかりではなく繊維産業その他の異なる産業の足並みが揃わないので、日本と世界の貿易不均衡問題が解決できないことに苛立ちを感じて発せられた言葉のようでもあります。


【理想を求め続けて】
 上記の記述につづいて、こう記述されています。
 もうひとつは何度も繰り返して言ってきましたが、飽和経済になったということです。エレクトロニクスとか新しい技術やサービスの分野で経済はもっと伸びる、という考えがはびこっていますが、違うんです。エレクトロニクスが衣食住のように経済の基本的な需要を増やすものなら、そうかもしれません。しかし、新しい技術を施したものが古いものにとってかわるだけなんです。質的には変わりますが、人間が必要とするもの以上の生産力ができてしまった先進国経済では、基本的には、人口の増える分だけ生産を増やせばよいのです。そうしたことを考えないでどんどんモノを作るから過当競争になっちゃう。生産性が向上した分は、みんなで仕事を分けあう。賃金も分けあう。そういう考え方が必要でしょう。 (P.199-200)
 これは、今から20年以上も前に、稲山さんが言っていた言葉です。稲山さんの前に経団連の会長をされていた土光さんの時代、即ち、1970年代から1980年代の日本の経営者達が語っていた理想が、今日ではグローバリゼーションの後ろに全く影を潜めてしまっています。
 ラビバトラさんがいくつかの著作の中で書いていた “プラウト” という理想的な社会状態の概念に当てはまっていたのは、日本の戦後から20年間ほどの期間だけだったそうです。全体が幸せに向かっていたそんな時代の経営者だった土光さんや稲山さんの発言は、実現可能な理想を求めて語られているように思えます。
 しかし今日の私たちから見ると、現実は明らかに稲山さんが語っていた理想から反対の方向へ向かって驀進して行くようにしか見えません。
 行財政改革の骨子をまとめながら、その法案が国会で不成立となった場面を、テレビで見ていた土光さんの瞳にひとすじの涙が光っていたのが忘れられません。
 土光さんの “無言のひとすじの涙” も稲山さんの「わかっちゃくれない」 というぼやきすらも、「わかろうとしない」 愚鈍な政治家や愚鈍な国民からなる現在の日本国家。
 理想も国家のあるべき姿も考えようとはぜず、美食・過食・飽食の番組ばかりを放映するメディアとそんな番組ばかりみている国民。この国は、一体全体、何を目指しているのだろう・・・・・・・・・。
 
<了>