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 オーストラリア、パース生まれの天才ピアニスト、デヴィット・ヘルフゴットの人生を綴った小説。
 小説より先に、同名の映画が作成されている。ゆえに音楽愛好家以外でも、神の助け(ヘルフゴット)という名の、このピアニストのことを知っている人々は世界中にたくさんいる。

 

 

【デヴィット・ヘルフゴット】
 優れた音楽家は、紙一重ゆえに面白い奇行が伝えられていることが多い。しかし、若年時からさまざまなコンテストで優勝する天才であったデヴィット・ヘルフゴットの場合は、人生の途中から紙一重の向こう側に行ってしまった人である。
 音楽という神の領域を奏でる鋭敏かつ純粋な魂の持ち主は、この世において常に臨界状態なのだろう。


【デヴィットの父ピーター】
 日々、憤りを吐き出すピーターを、ラヘルは悲しい目つきで見つめてきた。民族と自分の過去に、あまりにもこだわり続けたために、たいせつな子供たち、そして家族という砦を失ってしまった。愚直で、純粋であることが大いなる罪であることを自覚できなかった夫を、彼女は黙って見守るしかなかった。 (p.145)
 ユダヤ人であった父ピーターも、バイオリンを学んでいたが祖父に楽器を叩き壊されるという痛みを経験している。故にデヴィットのピアノの才能に向ける思いは、かなり偏執的であったようだ。この父親がデヴィットの人生に深い影を落とすことになる。

 

 

【デヴィット異変】
 オーケストラが、ラフマニノフ第3番の導入部を奏でる。デヴィットが、ペダルを踏み、指が鍵盤の上に振り下ろされる。・・・・。突如、音は神々しい響きに変わった。全身全霊を捧げて奏で続けるデヴィットを、固唾を飲んで見守る聴衆の顔に安堵と恍惚の表情が浮かんだ。
 コンチェルトは、華麗なクライマックスに達し、終章を迎えた。観衆は、総立ちになり熱狂的な拍手を送る。
 デヴィットは、椅子から立ち上がり、歓呼の声にこたえようとしたが、果すことができなかった。体がゆっくりと回転し、やがて崩れ落ちた。 (p.94)
 これ以降、デヴィットはそれまでの人格を失ってしまった。

 

 

【デヴィットを助けた“星のお医者さん”】
 後々、デヴィットは、ギリアンという名の年上の女性に出会った。この2人の様子や会話の部分はとても面白い。たとえば、
「ロジャーが優勝した。彼が勝って、僕が負けた」
「優勝しなかったからといって、あなたが負けたわけじゃないわ」
「違うんだよ。負けたからといって、優勝したわけじゃないんだよ、違う?」
『そうも言えるのかしら』 と、ギリアンは小首を傾げた。どこか、デヴィットの認識の仕方が変わっている。奇妙な論理が彼の頭の中に形成されているようなのだ。 (p.137)
 ギリアンの職業は、デヴィットに言わせると “星のお医者さん(占星術師)” である。
 デヴィット・ヘルフゴット 生年月日1947年5月19日。(ポロスコープを調べていた)ギリアンは目を見張った。そして、左手の薬指から、ダイヤモンドの指輪を外した。 (p.144)

 

 

【デヴィット再起】
 デヴィットはギリアンに出会って再起(後に結婚)し、演奏活動を再開して行く。
 デヴィットの再起を賭けたコンサートは大成功であった。マスコミは彼の演奏を絶賛し、その人柄についても好意的であった。彼のもとに、世界各国からコンサートの依頼が殺到した。
 彼はかつて憧れながら留学を果せなかったアメリカに行った。少年の頃、ソニアという美少女と約束したロシアでの演奏旅行も行った。ロシアは、彼を虜にし、彼に衝撃を与えた、セルゲイ・ワシリビッチ・ラフマニノフの生誕の地である。東洋の神秘の国、日本も訪れた。半田という不思議な人物とその仲間達が、デヴィットを手厚く迎えてくれた。(p.166)
 デヴィット・ヘルフゴットが来日していたのは、1991年ということである。

 

 
<了>
 
   [ 177頁の最終行に誤植がある。この出版社の本には誤植が多い ]