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 タンパク質の質量分析に関わる研究(バイオテクノロジー)で、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中さんを取材して書かれた書籍です。当時は、サラリーマン技術者の受賞ということで、マスコミが大いに取り上げていました。この書籍は、田中さんを通じて日本社会全体をも語っている、興味深い本でした。


【田中さんの志】
 実のお母さんが、田中さんが生まれて間もなく亡くなったことから、生命に関する仕事をして社会に貢献したいと考えた。つまり社会への貢献、人の命を救うというミッションが田中さんにはあるのだ。(p.202)

 田中さんは、東北大学に進学するに及んで、戸籍謄本を提出する時に、自分が実母に育てられていたのではなかったことを始めて知ったのだそうです。それから、就職先がソニーではなく、島津製作所になったことなど、その後の一連の人生行路を読んでいて、田中さんの志を後押しするかのように、背後に見えざる筋道が有ったに違いないと思えてきました。世界的な業績を残すような人々に共通するものを、田中さんの中にも見出すことができます。

 

【日本人の長所】
 日本のメーカーの経営者たちの多くが「中国人技術者はソフトウエアのような個人で開発する領域では力を発揮しますが、チームによるものづくりは日本人に向いている」 という。田中さんも授賞式前の講演で 「チームワークの成果だ」 と強調した。(p.120)

 田中さんはとても謙虚な方なので、あえてそう言ったのだと思いますが、経営者が認識を同じくする日本人のチームによるものづくりは、確かに日本の長所のようです。というより、外国人にはチームでつくるということができないようです。これは既に文化の領域なのです。

 

【チームを成り立たせる文化の考察】
 和の文化といってしまえばその通りなのですが、外国との文化比較という視点で見るならばこういうことのようです。 異民族の流入が生じやすく常に命の危険と隣り合わせてあった大陸諸国と、異民族の流入が稀であった島国の日本という背景の違いが前提です。
 大陸諸国は血族しか安心できないため、他者と信頼関係を持つためには血族と同様な親密さを持とうとします。ゆえに握手などのスキンシップを多用し、日本人から見ると過剰とも思える親しさを行為で示します。
 一方、日本人は前提として安心や信頼があるので、過度な接触は持ちません。むしろ、ある程度の緊張関係(距離感)を保ちながら良好な関係の集団(チーム)ができるのです。
 外国人の場合は、血族や親族以外は敵という認識が根底にあるので、チームでの作業と言うのは基本的にできないのです。

 

【日本というチームに溶け込めない外国人の「穏やかな反日」】
 外国人が、「何年日本に住んでいても日本人の友達ができない」 と言うのは、このような前提となる文化の違いに起因しています。距離感が縮まらないことを不安に思うようです。残念なことですが、日本社会に溶け込めないと思いつつ、穏やかな反日外国人となって帰国して行くようです。
 外国人が、このような日本人の対人関係における距離感をちょうど良いと感じるようになるには、人にもよるのでしょうが、日本に住み続けておよそ3年から5年以上の年数が必要なのだそうです。


【異文化を安易に判定してはいけない】
 田中さんは5年間程イギリスに駐在し異文化を経験したそうです。著者の海外駐在経験も含めて異なる企業文化が記述されています。
 「英国は『人間は不完全なものだ』という前提で、社会のシステムが成り立っています。例えば、英国では新車よりも1年か2年たった製品を買います。新製品は故障(初期故障)がつきもので、その故障が出尽くした1、2年ぐらいが一番安定していると考えるのです」 (p.36)

 チャンちゃんがロンドンに行った時、たまたまテムズ川の辺に観覧車が竣工して間もない時期でした。しかし動いていませんでした。現地在住の日本人のガイドさんは 「イギリスなんてこんなもんです。あてにならない」 とやや嘲り気味に話していたのを思い出します。このガイドさんは英国文化を正しく認識していなかったことになります。ガイドとしては失格ですね。

 

【島津製作所の田中さん】
 田中さんの会社、島津製作所は九州薩摩の島津藩とは、直接関係ないそうです。マルに十字の島津家の家紋と名称を譲り受けてできた会社だそうです。
 田中さんの田という漢字をデフォルメするとマル十になります。田中さんという姓の人は日本中に何百万人もいるのでしょうが、島津製作所の社員で、富山県出身の田中さんがノーベル賞を受賞したことに、何がしかの意味合いを感ないわけにはゆきません。

 

 

<了>