◎NAYURAの中学生時代◎ 




いじめられる子の相談をよくうけていた。




いじめられる子のかわりに、相手にやり返しにいって、


自分がいじめられることも。転んでもただでは起きず、どうにかして


ぎゃふんと言わせたるー!と、体育館裏に呼び出したり、呼び出されたり。


いっつも、だれかと365日戦っていた毎日。



学校が本気で嫌になったが、保健室でさぼることはしなかった。

そんな、周りと同じようなことは、やだぷー。



どうしてかといったら、


とても気の合う用務員のおばさんがいたからだ。



彼女が掃除をしている姿がとても美しく見えた。

お花に水をあげている姿も。

ピンク色の液体ワックスを、生徒たちに丁寧に配っている姿も。



「おばさん、いつもありがとう!ヾ(≧▽≦)ノ」


なーんて声をかけたら「用務員室でお茶しましょう」って言われた。



そこで、用務員のおばさんから、沢山のためになる話をきいた。


そのときにはためになったんだけど、内容はすっかり忘れちゃったけれども。



だから、生理痛がひどい時は、用務員室でよく寝てた。


出席をとったあと、すぐに用務員室に行って、タタミで寝てた。


用務員のおばさんは、ひざかけを私にかけてくれた。


痛がる私の腰をさすってくれて、あったかいなあっていっぱい泣いた。



いじめは、庇っていた子と共に、続いていたのだけど、


くやしさのあまり、ますます「ハンムラビNAYURA」と化す。



やられたら、数倍にしてやりかえすぞ!と。


なぜ虐められて、こっちが黙っていなきゃならんのだ!と。



不良の先輩や卒業生などを、たくさん味方につけたりして、


1000倍のいじめ返しをするなど、


「転んだら起きるまで、タダとは言わず1000の智恵を絞りつづける」


という荒行に身を投じることになる。



授業で習ったハンムラビ法典を、そのまま応用してしまったこの時代。


その戦いがその後、あまりにもおっきくなってしまったので、


「仕返しは永久の戦争を生む」のだということを知る。



最後まで、あきらめない!という、しつこさを覚えたり、


罪悪感というものを覚え始めたのも、ちょうどこのころ。  


  

でもね、自分が投げた戦いや相手への痛みは、


実際のところ、最終的には自分で償っていく事になるんだよね。





                              ⇒高校生時代につづく