今日の大阪は、ひさしぶりに雨の一日です。

しっとりした空気が、少しひんやりして気持ちいいですね。


本当に久しぶりの更新となりました。

毎日チェックしてくださっていた方も、本当にありがとうございます♪


今日はすこし、「美」について考えてみようと思います。


私は、小学5年生の頃に、

なぜ「美」についての学問がないんだろう・・

と、なぜかとても不思議に思うと同時に、とても憤りを感じてました。

「美」はとても大切なのに、なぜ学問が無いのか・・。

「美」はとても大切なものなのではないのか、と。


そんな、ちょっとよくわからない感情を小学校の時に感じてたのを覚えています。



世の中は「美」に溢れています。

雑誌やテレビ、メディアでテーマになる事も多い「美」。

多くの女性が求めているものでもある「美」。


だけれども、私個人が、他にそういう人がいるかどうかも分かりませんが、

一番、違和感を感じやすいのも「美」でもあったりします。


メディアで発信される「美」の中に、

とても違和感を感じる事があります。

その原因はなんだろう、、と考えてみて

少し分かった事があります。



それは、「美」の裏に潜む、「自己顕示欲」


なんです。


「自己顕示欲」


これ、本当に厄介なものです。


自己を顕示したい・・このツールとして「美」が表現方法となる場合がある。と。



私の違和感は、この「自己顕示欲」が

表面上の「美」のオーラの奥から


突き刺さるように伝わって来るから、

感じてしまうもののようです。


同じように美しい人でも、

その奥に、刺さるような「自己顕示欲」を感じる人もいれば、

そんなものも全く感じない人もいます。


写真であっても、それは感じてしまうものです。

見ていて、

美しいのに、なぜか違和感を感じる、

美しいはずなのに、なぜか居心地の悪さを感じる・・。



自己顕示欲の裏側にあるものは、

実は劣等感です。


劣等感を裏返しにしてるものが、自己を拡張させたいという、

心理的作用により、


自己顕示を行う事で、自分に空いている穴を埋めている、

という事なんですね。


表面上見た目は同じく美しくても、

その奥にある魂の本質は、写真を通しても伝わって来るものです。

そのギャップが、違和感として伝わってくる・・。


私以外にも同じように違和感を感じる事のある人は、

見た目の外見から透けて見える

本質を感じ取っているのかもしれません。




美しさには、

段階があるのかもしれません。


自己顕示欲により強化された美が、

本質で本物の「美」にまで昇華できるかどうか、

ここが実は美容に携わる者として、

一番気になる所でもあります。