最近富に思うのは、ヒントが次々と与えられていること。
自分の人生の糧になる言葉を、一日にいくつも他の方のブログや動画から得られることがあります。
「アンテナを伸ばす」というとスピリチュアルで抽象的な物言いですが、「教えを望む」という心理から来る行動と情報が、自然に結びついていくことではないかと思います。
ヒントを教えてくれた一人の方、トッチーさんの動画(この方は手相鑑定をされています)より。
トッチーさん曰く
「運とは何かわかりますか?」
トッチーさんの答えは。
「運とは錯覚です」
「どれだけお金を持っていようと容姿に恵まれていようと、自分が足りないと思えば不幸です。逆にどれだけ辛い過去があっても、今この瞬間に満たされていれば幸福です。つまり【運】とは錯覚なのです」
運不運というものに、とかく振り回されて様々な行動をするけれど、
幸運も不運も自分の考え方次第なんだよ、ということ。
人間というものは「自分はついていない!」という、どうにもできない錯覚に惑わされるからこそ、不運を探しがちになる。
(他人より不幸な身の上だ、という錯覚に陥り、本当は自分は様々な幸運に恵まれているから生きていられることに目をいかせない)
分かりやすかったのは開運のコツは「素直に肯定する」こと。
「複雑なのは人生でなく本人の思考」なのだと。
日常の不運を嘆くより、今ある幸運を探すこと。
かつて世界名作劇場で放送された「ポリアンナ物語」で日常の「よかった!」を探すことに似ています![]()
(ポリアンナ、改めてみると厳しい生い立ち)
YouTubeで第一話のみ無料公開
また、
「自分の人生は自分だけのもの」「他人の人生は他人のもの」
と自分に対して思え、
「自分だけの人生を生きればそれでいいのだ(バカボンのパパ風)」
となれば、これだけで一定の幸福を得られるのでは、と。
トッチーさんのチャンネルは、手相をもとに展開している動画がメインですが、単に「この相があるからラッキー」にとどめない教えを見つけられます。
私が好きなのは陰徳線(親指の付け根の丘下部にある線)の解説について。
日々人に感謝を忘れず、人や社会に貢献することで満足感を得られる人に出ることが多い相ですが。
「この線がある人を研究、分析した結果、この方たちが必ず口癖のようにしていたのが「ありがとう」という言葉です。
自分が満たされていることを伝える、自分が幸せだと気づくきっかけを与えてくれる言葉がありがとうです。
有難いというのは『有ることが難しい』と書きます。
『ありがとう』とは相手を喜ばすためとか、礼儀ととらえる人も多いですが、それが当たり前のものではないんだと、気づくことが感謝なんです」
「自分にあるものは本当に有難いものなのだ」と思えることも大事なのだな、と思います![]()
ちなみに、陰徳線の動画はこちらですm(__)m
興味ある方はお暇なときに![]()
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夢枕、夢か現か分からない状態でしたが、最近その状態で、とある僧侶の方に話を聞きました。
「比べるってどういうことでしょうか。あなたは比べたことがありますか」
と伺うと、
「●●さん(私の本名)にはありますか。私は自分が助けた人と、自分でしかない自分を見つめ合うことはあります。
人は比べていくことと私に言いますが、これは対等に見つめ合うということです。
逆に言いますと、助けた人(関わり)にしか見つめられる機会はないのです。
魂は位の上下はありません。だからこそ、人は他と比べがちな人生そのものを有難く思わなければいけないのです」。
自分自身がどうにも分からずぐちゃぐちゃになるときに、自分は神仏に助けを求めがちになる、そういうときはどうすればよいかと聞くと、
「神仏(自分以外のもの)に自分についての教えを請う、それこそだめなのですよ。大変でしょうが、自分自身を「これだ!」と見つめなおす機会が与えられたと思いなさい」。
そう答えをいただきました。
噛めば噛むほど、味わいが出てくるお言葉だなあ、と目覚めてぼんやりしながら思いましたが、時間が経つと「凄い言葉だな…」とまさに有難く思いました。
お上人さま、ありがとうございます。
今日も感謝でいこうと思います。
