海の日、スポーツの日と続いた連休で、
新型コロナが収束傾向にあった6月は
友人と「遠出しよう!」と言っていた
のですが、どちらともなく
「県内移動して山に行こう」となりました。
神奈川県の西部、丹沢山系に大山という
霊山があります。
縄文時代の祭祀跡がある御山で、
梅雨時のみならず、常に雲や霧が立ち込め
雨をよく降らすことから雨降山ともいわれ、
雨乞い信仰が栄えた御山でもあります。
大山ケーブルカーで上がると、霧の中を
潜るように進んでいきます。
駅は『大山寺』『阿夫利神社』の
二つ。
よい意味で昭和の匂いがするお寺です。
お寺の中の空気は森のように静かで、
また「話しかけたいならかけなさい」
と言われているように思えます。
話しかければ答えてくれることもあり
ますが、必ずしも雄弁ではない感じです。
灯籠を乗せる味わいのある面子。
「頭の上にあるものは変わらぬ光。載せていて驕ることなし」
式神さんが彼らから聞いた言葉です。
聞いてみて驚き、本当に頭が下がりました。
心根の美しさは到底及ぶべくもなし…。
護摩木に身体健全を願い書き込み、納めさせていただきました。
下社のある阿夫利神社駅に着くと、
霧で何も見えない。
富士山の石でつくられた獅子山。
大山のご祭神と富士山のご祭神は
親子の関係です。
下社の上が見えません。
大天狗の碑があります。
「式神は天狗を見たよ」と、式神さん。
大雄山もそうでしたが、空を凄い速さで
飛んでいるらしい。
神社さまのご厚意で、疫神札を頒布して
いました。私もお気持ちを入れて一枚
いただきました。
神社では護摩木を焚いてお祈り。
周囲の人の身体健全も守られますように。
拝殿の下に大山の湧水をいただける場所が
あります。この順拝路は不思議と癒されます。
神社の胎内のような雰囲気です。
参拝を終えて、「大山きのこカレー」を
いただきました。
きのこの旨味が美味しい🍄
登山どころかトレッキングすらしていない
中年二人ですから、奥の院まで登るのはどだい無理。
地図を見ると、神社横の道から行ける
二重滝までなら大丈夫そうでした。
人の集まる場所を抜け、霧の山道を通ると
鬱蒼とした木々に囲まれます。
よく、山の怪談などを聴くときに
「人間一人など途方もなく圧倒される」
「人間の常識、認識は通用しない」
感覚を味わう、とあります。
聴くだけでは現実味のなかったそれを、
この道で背筋が震えるほど感じました。
山に入る前にお祈りをしたお稲荷様。
大新稲荷神社です。
「山に入れていただき、ありがとうございます」
「獣に遭うことなくまた帰れますように」
と、畏怖を感じながら祈ったのは初めて
かもしれません。
霧の中に精霊が数えきれないほどいるとのこと。
そのどれもが覗いては散って、帰っていく。
水を流すための設備でしょうか。
苔むして時間を感じさせます。
ここを過ぎたあたりから、友人は
山に飲み込まれるように感じて
怖くなったみたいです。
「知らないが」「来てもいい」
と言われているようだったと。
ほどなくして、二重滝に着きました。
ここには高龗神(たかおかみのかみ)様が
祀られています。
友人に「来てもいい」と言われたのは
おそらくこの神様…と思います。
このすぐ横に滝が流れていますが、
動画を撮ってみてもかなり気が強い
場所と感じましたので、記事に
上げるのをやめました💦
式神「この神様はこの地を気に入り、
どのような人間が来てもくだらないと感じます。
そして、長い間見てもそれは変わらない、と。
清い人間が来たとしても、その人間の次に
来るものが清いとは限らない、そういう
ものだと」
この二重滝には以前、丑の刻に利用された
杉がありました。今は震災により流されて
しまったそうです。
しかし、社のわきにある二本の老杉は、かなり
昔からこの地で丑の刻を見てきたようで、
同じような思いを抱いているようです。
人間に勧請され、来た神様は縄文の神様
よりこの地を受け継いでいます。
その役目は「山を守ること」です。
なので、敬いをなくしては山に入る者として
失礼にあたる、そういうことを教わりました。
大山阿夫利神社について、
【一部地域では、大山に登れば一人前として認められると伝承されていたとも云われ、立身出世の神としても知られています。他にも一年の天候を占い農作物の豊凶を占う筒粥神事、天地の魔と穢れを祓う引目祭、夏の山開き、火祭薪能などの多種多様な神事が現在も行われ、三百年以上の伝統を誇る大山固有の大山能、そして巫女舞、倭舞も今に継承されております。
阿夫利神社は、古代から人々の心の拠り所となり、国を護る山・神の山として崇められてきました。
山野の幸をつかさどる水の神・山の神として、また、海上からは羅針盤をつとめる海洋の守り神、さらには、大漁の神として信仰をあつめると共に、山岳信仰の中心として、今日に及んでいます】
HPより引用しました。
古代の人は、この山に意識をするとき
この山の恩恵を受ける、ということを
今よりもっと理解していたと思います。
二重滝を後にして、参道に戻ると
「人間の領域に帰ってこれた」と感じます。
しかし「この怖さを感じるために来たのかも
しれない!」とも。
帰りもお稲荷様にお礼を述べました。
10年ほど前に大山に来た時も参拝をした
のですが、より神様の存在感を感じる意識に
なってきた(らしい)ので、今回はまざまざと
畏怖と感謝を感じました。
「人間が及ばない領域がある」と感じ、
また自分の認識の浅さを感じた一日でした。
自分の世界をもっと深めていきたい。























