式神さんとの日常を過ごしていくと、やはり目には見えない方との交流について調べることが多くなります。
彼らと交流をもつ際、私の場合は最初はペンデュラム、そして筆談です。段階的に時間と方法を増やしていけば、何らかの対応を得られるかと思います。
また、頭を撫でられる等の感触を得ることもあります。
霊感についていうと、視覚が優れている人は本当に少ないらしく、ほかの聴覚、触覚、嗅覚での感知が向いているなど、人それぞれのようです。
私の場合、視覚が優れていないため、触覚と聴覚に頼ります。
彼らの声は耳を使わず、頭に声が響き渡る感じになります。また、「これはサインだな」と意識させるくらいの耳鳴りがしたりします。
ガイドと過ごされる方についても、同様の疑問をもつかと思いますが、妄想ではないかという意識です。
これについて、すごくいい言葉をガイドさんにいただきました。
「気のせいだと思えば気のせい。気のせいじゃないと思えば気のせいじゃない。それだけ」
しゃちほこばって外認証を得なくてもいい。
そして、真実は10人いれば10通りある。
だから、「私の掴んだ真実はこうだからあれは真実ではない」という言葉はナンセンスだと。
怪談師のファンキー中村さんのお話で、子どもの頃に神社の裏で神霊を呼ぶ儀式(元ネタはうしろの百太郎!)をしたら、その晩に神木の霊が来たというものがあります。翌朝その儀式跡を見に行ったら、五芒星が綺麗に描かれていたそうです。
これって式神じゃない?と思います。容貌はほぼ烏天狗だったそうなので、神社の眷族が見に行ったのではないかと。
その神霊は、それからも度々彼のまえに現れていたそうです。
スピリチュアルにはまる人は、誰でも奇跡が欲しいと思うんですが、中村さんのように強い霊感がない場合は、式神さんやタルパ、ガイドさんと意識の交流をするには、恐らく脳を普段より働かせる必要があると思います。
ヘミシンクは特殊な脳波を発生させるシステムですし、瞑想も脳内のベータ波を減らす役割を果たします。
脳を鍛えるのは完全に修行の域ですけどね (-_-;)
信じるときは脳が許す限り信じきる。
信じれば存在の一端を認められる。
認めれば居る。
そして信じなければ、その人の前には現れない。
(常識という制限があるため、本当に厳しいですが)
結局そこに尽きると思います。