【魂の宴】宇宙って自分だから(外に求めない)

 

コスモスみると

あー10月だなー

 

まだ日中暑いしね

この時期でもかまわず

じゃぶじゃぶ池(笑)

 

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【魂の宴】宇宙って自分だから

(外に求めない)

 

最近、奄美大島がやたら気になり

ガイドブックみてたりするんだけど、

たしかに沖縄ほど観光メジャーでも

ほどよい感じがするのよね。

 

ってページめくりながら

あれ?意外と神社の紹介ないんだよね🤔

 

 神社巡りが趣味でもあるんで、

奄美大島出身のDOOR友!

※OPENざDOOR!来てくれる人

安田さんに聞いてみた。

 

 「けっこう神聖な地だと思うんだけど

案外ガイドブックに出てないけど

地元民としてはどうですか?😃」 

 

そしたらね、こんな素敵な返事!

 

「私の個人的な感覚ですが、

奄美んちゅ(の人)は、

神社という場所を特に必要として

いないのではと思います。

 

自然そのものが、

神聖な存在なので、

海、空、森それぞれに

神が宿る感覚があるからかも

しれません😃

 

おーーー なるほど!

それそのものをもって神か!😆

 

そう言えばアイヌもとくに

神社とかもってなかったよなー

とかおもってしらべてみたら

自然そのものを神として観てるんだよね。

 

安田さんも、

「インディアンとかも

近いかもしれません。

 人間本来の姿ではないかと✨

 

うわっ、なんか

肌が粟立つ!

 

 ・・・で、こっからは

せんちょーの感覚持論として

述べますよ。

 

これって実は

自然そのものを神として

みてる自然崇拝としての

感覚でありつつも

 

この令和に入って

大きく流れが逆流に転じた

この「昼の時代」的感触としては

 

神を外に求めない在り方が

表出してきた一環で

「己の内に見出す融合の道」

だなと!

 

宇宙とか神様とか

パワスポとか

平成のころってその波が

急激に加速したけど

そうやって外に偉大なものを

求めるってことは

自分の力を無力化してる

ってことでもあって

 

で、結局は自分のエゴの

都合よい願望振り回しの

片棒担いでくれって

懇願してるだけっていうか

 

まあ、そういう流れの元に

あった時代だから

それはそれでありとして

(夜の時代の特性として)

 

でもそれって

何か自分より大きなものとの

主従関係よね。

 

今、この時代は

自分という内に太陽を灯す

時代。

 

自分という中心にたつ。

 

宇宙とかって言葉を

外に置かずに

自分の内に置く。

 

自分そのものが宇宙。

 

宇宙は全てを含む。

 

だから

闇も影も自分の内に

統合融合していく。

 

 

恐れから目を背けない

不快なもの

観たくないもの

許せないもの

認めたくないもの

 

そんな陰も

しっかり自分のものとしていく

 

これ、頭じゃなくて

体感伴うものだからね。

 

そうやって

まっすぐに目を開いていくと

観えて来る

 

「無い」ってものが

幻想であったことに。

 

 

足りない

欠けてる

なんとか補わなきゃ

どっかから引っ張ってこなきゃ

 

なんとかして

あてがわなきゃ

何とかしなきゃ・・・

 

この波が

恐れという幻想だったことに

気付き始める

 

 

それを体感レベルで

刻み込まない限り

自分は無力だから

他の何か大きなものに

すがらなきゃいけない・・・

になっちまう

 

 

ま、それもありだけどね

全てはありだから

 

 

でもこの時代

大いなるものは

自分の内にあるってこと

 

まっすぐ開き入れていくのが

流れだと思うのだ。

 

 

島そのものが神ならば

そこに住むものは

島の一部であり

また神なるもの

 

切り離されぬ同じもの

 

宇宙を外に求めない

自分が宇宙である

 

宇宙という一部である。

同じものである。

 

そこに立つ。

 

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10月からは

オンラインバー

OPENざDOOR!は

隔週開催です。

 

水夜21時

木昼14時

※テーブルチャージ千円と

お気持ち制

 

定員3名

(せんちょー除く)

問い合わせまで連絡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さ😁 たしかに! もちろん神社とか教会仏閣も変わらず好きだけど、自分という自然と融合する道が加速してきてるーーーー!って感じがしたのでシェア🙌✨