もし、

 

今、私が飲んでいる薬を

 

飲まなかったら・・

 

 

 

きっと、倦怠感と発熱と身体の痛みで

 

私はほぼ寝たきりになっているだろう

 

 

 

もし・・・

 

本当はそんな私でもいいのだとしたら・・

 

 

 

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ふと、そんな想いが浮かび

 

今ここにいる

 

 

「そっか、そういうことか」

 

 

痛みをなくそうとするのではなく

 

痛みを持っている自分で

 

本当は過ごしても良かったんだ

 

 

倦怠感で動けず

 

寝たきりの私で許される

 

 

「そういうことだったんだ」

 

 

人の頭の中なんて覗いたことなんてない

 

だから、自分の思っていることはみんな同じだと思っていた

 

だけど、私だけが身体を悪くし

 

私の何がいけなかったのかと

 

自分を責めていた時期もあった

 

 

 

だけど、そもそも私の中に

 

間違った思い込みがあったとしたら

 

本質的な生き方を知っている身体は

 

”そっちじゃないよ”

 

と止めに入り

 

本来の生き方へ戻そうと、働きかけるのかもしれない

 

 

誰よりも優れていること

 

称賛されること

 

 

幼少の頃の環境から

 

無意識にそんな思い込みを持っていたそしたら・・

 

そんな自分でなければ生きていけないのだと

 

思い込んでいたとしたら・・・

 

無意識にそれを行動に移していたとしたら・・

 

だけど、本当は

 

そんな自分でなくてもいいのだとしたら・・

 

何者でもない私でもいいのだとしたら・・

 

 

自由に気ままに無邪気なままの私でいいのだとしたら・・

 

 

それをずっと

 

身体が教えてくれているのだとしたら・・

 

 

 

身体はいつも私の味方である。

 

この痛みは私を守るためのものだったのか。

 

 

 

じゃ、今すぐ薬をやめて

 

痛みの伴う身体になってみよう!

 

 

ということではなく、

 

 

その思い込みを終わらせればいいのだ。

 

 

何もできない私でいい

 

誰の称賛もなくていい

 

優れてなくていい

 

ただボンヤリと空を眺めているのだ大好きな

 

何者でもない私でいてもいい

 

 

 

随分おろしてきているつもりだったけど

 

私の身体は

 

”まだまだだ”といってきている

 

 

まだ私は何かを背負おうとしているのか

 

まだ何もない自分でいることを恐れているのか

 

 

もっともっと手放していいのだ

 

 

もっともっと自分を解放してあげていいのだ

 

 

 

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さて、この気付きを得た後にやってくる現実は

 

どんなものだろうか