ひとりごと
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結局、あそこは兄の遊び場で私の遊び場じゃない
今、私が行ってるところも
あの人たちの遊び場で私の遊び場じゃない
じゃ、私の遊び場は?
私が自由に工夫して遊べる
自分の遊び場が欲しい!!
そう、強く望んでみた
もうすぐ50になるというのに
今更そんなことを望んでいる自分が情けない
そして、
望みが出たところで
私の遊び場がどこにあるのかもわからない
今の私に遊び場がないということに
また気分が落ち込む
「ないないない 私には何もない」
気分を落ち込ませようと思えば
どこまでも落ち込んでいられる
だけど、今の私が欲しいのはそんな気分ではない
私が欲しい気分はウキウキワクワクだ
落ち込みや情けなさじゃなく
嬉しい楽しいを味わいたいのだ
「間借りの遊び場だって十分な遊び場だ」
と気分を変えてみた
だけど
今の私はそれを望んでない
まだ、気持ちがギュッと縮こまっている
「私は自分の遊び場が欲しいのだ!」
少し視点を変えてみた
「今の私に自分の遊び場がないということは
これから好きに作れるという可能性が無限にあるということだ」
気持ちが広がったのがわかった
宇宙の法則や現実創造
エネルギーや意識の使い方
いろんな話を目にするこの時代
私は何を信じるか
「意図することの大切さ」
「ルートは考えない」
可能性とはどういうことか
例えば、いまさら私が
「大富豪になる」
と望みを掲げればそれが叶うというのか
だけど、無限の可能性とは
無謀だと思えることも可能だという事になる
(そんなわけないやん)
とどこからか声もするが
現実的な小さな思考は今はいらない
だけど「大富豪」の定義すらよくわからない 笑
せいぜい「お金持ち」くらいにしておけばいいのに
と思ったが
それでは気分が上がらなかった
「大富豪」ってよくわからないが
とりあえず大富豪をゴールに掲げてみる
(今さら)
とまだ声がするが
望むことは自由だ
しかしながら大富豪とは?
改めて私の中に疑問がやってくる
「大富豪とは何かを知る」
まずはじめの一歩はそこからかもしれない
それに加えて
もう少し近しいゴールに
「自分の遊び場を作る」
というのも挙げておく
さっきまで「自分の遊び場がない」という情けない気分は
「大富豪」のおかげで吹っ飛んでくれた
「さて、今から目の前にやってくるもの
私の心と体が反応するものに手を出す」
と誓ってみる
気になっているのに思考で押さえ込んできたことが
今までどれくらいあるだろう
それを思うと悔しくて仕方ない
だけどまだ終わってない
まだ私には可能性がある
諦めなければこの世界は動き続ける
「どうか、私に力をください
いや、私に力があることを思い出させてください」
★ひとりあること
★内なる声
★源
ヤバない?🤣
絶対やらなあかんやつ!!
