今日も父のことを書き出そうと思ったのですが

 

気持ちが入りすぎ、

 

この思いを書き出すには少々時間が足りないので

 

今日は昨日感じた心のお話を書いてみたいと思います

 

 

 

結局は、

 

その人、その出来事を問題だと感じていることが

 

生きづらさの原因になっている。

 

 

問題だと感じているアナタ

問題だと感じているその心

 

 

それがなくなれば

 

外側に気持ちを持っていかれることなく

 

自分の幸せに集中でできるんだよね

 

 

この世の中は本当にシンプル

 

それを難しくしているのは世の中の常識や

 

自分の中にある”こうでなければならない”というマイルール

 

 

 

例えば【悪口を言って言ってる人はダメ】という思いがあると

 

目の前で悪口を言ってる人がいるとその人は”ダメな人”になり

 

悪口を言われている人は”被害者”となる

 

 

それが職場だったりすると

 

「うちの職場に人の悪口を言う人がいて居心地が悪い」

 

となり、職場も嫌な場所にしてしまう

 

 

また、目の前のことが問題だと思えるので

それをなんとかしようと動き出す

 

それは悪口を言ってる人に注意をすることかもしれないし

 

なんとかその人の怒りを宥めようとすることかもしれない

 

そして悪口を言われている人には

 

「大丈夫?」と優しい言葉をかけるかもしれないし

 

「ここを直すといい」とアドバイスをしているかもしれない

 

 

これはホントに余計なお世話

 

 

私から言わせれば

 

「そんなことほっとけばいい」と思ってる

 

 

もちろん、

 

本人たちから相談を受ければ

なにかしら力になろうと思うが

 

本人たちがなにも言ってこないのであれば

私はそのままほっておく

 

そして、自分ごとに集中する

 

 

 

なぜなら

 

「どちらも好きでそれをやっている」

 

のですから

 

だからこちらはなにもせず

 

「ほっておきましょ」

 

と言う結論になってしまう

 

 

悪口を言う人も、その人は人の嫌なところを見て悪口を言いたいのだ

 

そして、そこに何かしらその人のメリットがある

 

 

悪口を言われている人は、悪口を言われたいのだ

 

そうすることで、その人にもなにかしらのメリットがある

 

 

だから、「あの人たちは好きでやっているのだからほっておきましょ」

 

 

ということになる。

 

 

 

でね、

 

でも「悪口を聞いているのがいやだ」とか

 

「そんな雰囲気がいやだ」と思う人は

 

それを問題としているアナタに、なにかしらのメリットがある

 

 

それを味わうことで怒りを感じたいとか

 

人の力になることで何かが満たされるとか

 

なんかね、ちょっと拗れた”しあわせ満たし”があるんだよね

 

 

 

 

 

 

昔は私もその中に入って

 

ちょっと拗れた”しあわせ満たし”をやってたけど

 

 

今は

 

余計なことに時間を注いでる場合じゃねぇな

 

ってことに気がついたんです

 

 

余計なお節介もいらないし

 

自分の中の”ない”を必死で埋めようとしなくていい

 

 

 

そんなこんなで

今の私はとってもシンプルで

 

(時々、その中にドボンって入ってしまってる時もあるけど)

 

余計なことに労力を使わなくなりました

 

 

 

 

さて、今日はこれから心屋オープンカウンセリングです

 

この流れから、どんなお話が皆さんから聞けるかとっても楽しみです

 

ご一緒できる皆さんよろしくお願いします!

 

 

 

 

【9月心屋オープンカウンセリング】

 

開催日:9月12日(木)11:00〜13:00   

    9月19日(木)13:00〜15:00

 

※12日枠は満席となりました

 

開催場所:オンラインZOOM

 

募集人数:各日 先着4名