八月六日
父が亡くなりました
享年87歳
誰からも愛される父らしく
たくさんの人に惜しまれながら
この世を後にしました
八月八日に葬儀を終え、今日で2日目
母は昨日から
父の祭壇の前で朝と夜
長い長いお経をあげはじめました
時折、それが涙声になっているのがわかります
きっと母は長い長いお経をあげることで
父への思いに触れ父を偲んでいるのだと思います
父への偲び方も家族それぞれです
私はこうしてブログに今ある思いを書くことで父を偲び
姉は父の書類を整理しながら父を偲んでいるようです
兄は、
父が今までやってきてくれていたことを引き継ぎながら
そこにある父の大きさを改めて知り
彼なりに偲んでいるのだと思います
あっという間のここ数日
少し前まで父の手を握っていたはずなのに
今は遺影の写真が私に微笑みかけます
1ヶ月前は
この家にくると
いつもの場所で父がテレビを見ていたのに
今はテレビがつくことすらほとんどありません
葬儀後のやるべきことに追われている兄は
いつも以上にこの家にやってきている
そんな兄に私は「お父ちゃん」と何度も間違えて呼びかけてしまう
祭壇に置かれた父の写真を見るたび
「なんでそこにいるのだろう」と不思議な気持ちになる
お酒が大好きな父
すぐにお酒は祭壇に備えたのはもちろんだけど
意識がなくなってからの十日間
水さえ飲むことを出来なかった父は
すごく喉が乾いていたんだと、昨夜知り
今朝、夜明け前に目が覚めた私は
コンビニにお水を買いに行き
冷たく冷えた水を父の前に供えてみた
「思う存分飲んでな」
ーーーーーーーーーー
父とのことをここに書いていこう決めていましたが
父が意識をなくしてからは
時間があれば父のところに行っていたので
なかなかブログを書けずにいました
父が入院してから
これから介護が始まるのだと覚悟し
父との関わりを書いていくはずだったのに
父は潔くこの世を去りました
だけど、父が意識をなくしてからの10日間
いつともわからない残された時間を
悔いなく過ごしたくて
その時できることを
私は存分やってきたつもりです
だから、ある意味とても清々しく
この時を迎えられています
父は私たちに時間をくれたのだと思います
父との別れを思い残すことなくできるように
父の最後の優しさを感じながら
この1ヶ月
今までになく、とても幸せな時間を過ごすことができました
これから
この1ヶ月を振り返りながら
そこに流れた優しい時間をここに記していきます
