北方文化博物館から徒歩すぐ。
"新潟のお伊勢さま"として親しまれるお宮へお参りです。
<旅の工程>
1日目:浦佐→塩沢→長岡
2日目:宮内→弥彦
3日目:弥彦→新潟
4日目:新潟
閑静な住宅街の中、松に囲まれて現れる鳥居。
◆新潟大神宮◆
社頭から清々しい空気が漂っています。
緩やかな坂の参道に入れば、春の草木に囲まれて、なんとも心地良い。
参道を振り返れば、表通りはもう見えず、まるで神の住まう神話の世界に紛れ込んだかのような感覚を覚えます。
美しい緑に囲まれた素木の神明鳥居。
伊勢神宮から下賜された資材で造られたのでしょうね。
参道を抜けると、巨大な社殿が目の前に。
拝殿
<主祭神>
天照皇大神
豊受大神
明治5年(1872)、伊勢神宮の布教機関、神宮教院の新潟本部として設立されたのが始まりで、明治9年(1876)に伊勢神宮から分霊を請けて創建に至りました。
その後、神宮教、神宮奉斎会と改称の後、昭和21年(1946)に現社名になり、"新潟のお伊勢さま"として崇敬を集めてきました。
石段が伊勢っぽいですね。
扁額の"敬神崇祖"は伊勢の大宮司の書で、"神様を敬い先祖を尊ぶ"という神道の精神を表すもの。
現在の社殿は新潟大火での焼失後、明治17年(1884)の再建。
太平神社
(御祭神:殉職消防士・消防団員御霊)
人々の生活と命を守ってくれる消防関係の方々、もっと英雄視されるべきですね。
境内脇の小径を縫って行くと、住宅の狭間に境内社があります。
御林稲荷神社
(御祭神:稲荷大神)
嘉永4年(1851)、砂防林が幕府直轄の御林に指定された際、この地の繁栄を祈願して、京都伏見稲荷大社から分霊を請けて創建されました。
海街ならではの歴史を持つお稲荷様ですね。
稲荷社らしい奉納鳥居。
江戸時代、ここに祀られた小さな祠。
時代の経過と共にその周りを囲むように住宅が建ちながらも、大切にされてきたお稲荷様。
住宅街のちょっとした隠れ里の様な雰囲気すら感じる空間でした。
御朱印
とても優しい奥様が対応してくれました。
神社の雰囲気はそこを管理する人、神職の人柄が出るものですね。
とても温かく心地の良いお参りでした。
お参りを終えて、少し周辺散策。
新潟神宮からすぐ、尖塔が印象的な教会があります。
カトリック新潟教会
昭和2年(1927)、スイス人建築家によりルネッサンス・ロマネスク折衷様式で建てられました。
聖堂のパイプオルガンは現存する日本最古級のものだそうです。
金井文化財館(旧金井寫真館本店)
*非公開
北方文化博物館の並びの擬洋風建築。
明治期の写真家・金井弥一が明治21年(1888)に創業した金井写真館。
元々この建物はキリスト女学校の校舎だったそうです。
文明開花で華やぐ風景を撮った写真家達。
そんな西洋化の風景を見てきた写真家が自身の写真館を建てれば、当然、洋館になるという話ですね。
これが昔の写真館に擬洋風建築が多い理由なのだなと。
日本料理 行形亭
(国登録有形文化財)
*読みは"イキナリヤ"
旧齋藤家別邸に隣接した料亭です。
江戸時代中期創業で、往時はこの辺りまで海岸だったそうです。
平成20年(2008)の主要国首脳会議(サミット)では、労働大臣会合の祝賀会で使われました。
地獄極楽小路
行形亭の黒板塀沿いに進んだ角から続く小路。
その先にかつて新潟刑務所があった為、そう呼ばれたそうです。
西大畑公園
そんな刑務所跡も今では美しい公園です。
旧新潟刑務所の門が縮小サイズで復元されています。
公園内は新潟の春爆発でした。
チューリップと言えば、富山なイメージですが、新潟県は球根出荷量が富山と並びシェア50%前後を占め、切り花に至っては50%超と、国内一の出荷量を誇ります。
陽の光を受けて輝いていました。
新潟の春の美しさを堪能…幸せ。
次回、新潟漫遊最終話です。



















