旧齋藤家別邸を後にして、そのお向かいへ。

 

<旅の工程>

1日目:浦佐→塩沢→長岡

2日目:宮内→弥彦

3日目:弥彦→新潟

4日目:新潟

 

そこには文化博物館として保存、公開されている文化財の館があります。

 

◆北方文化博物館新潟分館◆

(国登録有形文化財)

*入館料¥450

 

元は油田掘削で財を成した清水常作が明治28年(1895)に建てたもので、後に豪農・伊藤文吉が別邸として取得し、戦後の農地改革を機に財団法人に転じて、博物館となりました。

 

これが戦後初の私立博物館です。

 

尚、分館とあるのは、新潟市江南区沢海に伊藤文吉の本邸を本館としている為です。

 

主屋 玄関

 

代々、伊藤家当主が館長を務めています。

 

また、明治〜昭和期の歌人・書家、會津八一が戦後にこの別邸の洋館部分を住まいとして、亡くなるまで10年ほどを過ごしました。

 

座敷

 

玄関の間から二間続く座敷。

 

松の透し彫りの欄間に神棚。

 

座敷 松風

 

障子の小窓が風流ですね。

 

この日は障子が閉じられていましたが、開け放てば庭園一望の開放感を味わえるのでしょうね。

 

座敷

 

廊下を隔てて座敷と茶室が続いています。

 

茶室 坐忘

 

この二室は昭和3年(1928)、孫娘夫婦の為に増築したものだそうです。

 

濡れ縁から望む庭園。

 

 

雨の日も風情があるのでしょうね。

 

 

続いて二階へ上がります。

 

 

二階は三面がガラス窓になっていて、庭園の全景を望める開放感のある造り。

 

座敷 潮音堂

 

"潮音堂"は會津八一が名付けたもので、当時、日本海の波の音が聞こえてきたそうです。

 

鴨居に架けられた額も會津八一の書。

 

 

欄間はさざ波と海鳥の装飾。

 

一階に戻り、昭和3年(1928)増築の洋館棟へ。

 

南浜・秋艸堂

 

空襲で罹災した帰郷した後に、會津八一が晩年を過ごした洋館です。

 

秋艸(秋の草)が好きな事から名付けたとか。

*読みは"シュウソウドウ"

 

実際に使われていた机が展示されています。

 

 

その脇にある小部屋は會津八一の養女で、世話係も務めた會津蘭子の部屋。

 

女中部屋といった感じですね。

 

 

洋館の二階へ。

 

 

資料室になっています。

 

 

洋館部分の玄関です。

 

反対側に続く廊下を抜けて行きます。

 

 

大正10年(1921)、伊藤文吉の四男が分家した際に増築された棟です。

 

下の間(居間)

 

当時の調度品が展示されています。

 

上の間(内座敷)

 

欄間と床の間の天袋の絵は日本画家・小山雪亭によるもの。

 

 

新発田市にある清水園(旧新発田藩下屋敷)の書院の絵画も小山雪亭の作です。

 

因みに、清水園も北方文化博物館の分館のひとつになっています。

 

小部屋(髪結い場)

 

母娘の語らいの場だったのでしょうね。

 

 

枯山水の庭園から望む主屋。

 

二階の窓の大きさが特徴的ですね。

 

洋館

 

パステルカラーな窓枠が擬洋風建築ならでは?

 

洋館と和館、その接続部分が完全な状態で残っている貴重な文化財建築。

 

洋館 玄関

 

洋館玄関が和風な所に時代を感じますね。

 

本館に訪れてから既に8年。

 

来年辺りに再訪したいものです。

 

次回、新潟のお伊勢様の記事です。

 

 

北方文化博物館 本館 2018.5①

北方文化博物館 本館 2018.5②

清水園(旧新発田藩下屋敷) 2028.5