4月の新潟漫遊。
その舞台は県都新潟市へ。
<旅の工程>
1日目:浦佐→塩沢→長岡
2日目:宮内→弥彦
3日目:弥彦→新潟
4日目:新潟
人口75万、日本海側最大の政令指定都市。
新潟駅周辺は近代都市化されていますが、少し足を伸ばせば、古き良き新潟の風景に出会えます。
そんな新潟市街を巡ります。
NIIGATAモニュメント
再開発が進む新潟駅前。
駅から続く大通りには、全国に普及した感がある都市名モニュメント。
通りを徒歩20分、もしくは路線バスで5分程、萬代橋を渡れば、そこは信濃川と日本海に挟まれた新潟島。
旧新潟三越ライオン
令和2年(2020)に130年の歴史を閉じた新潟三越の玄関を飾っていたライオン像です。
土台の御影石は阿賀野市産の草水石(桜御影石)で、その美しさは今も失われていません。
港町新潟らしいレトロ灯。
近くにひと際目立つ弘法大師像がそびえています。
新潟山 弘願寺
(宗派:真言宗智山派)
雑居ビル街からぬっと現れる全高9mの弘法大師像。
建立は近代、昭和44年(1969)のこと。
元々ここにあったオトナの劇場の経営者が自らの病を機に仏教に帰依、巨額を投じて建立したそうです。
色々謎も多いらしい珍スポット?
長岡山 本覚寺
(宗派:日蓮宗)
ビルの合間の先の小さな桜の園。
室町時代初期に蒲原で創建して、後に水害の影響で現地に移転したそうです。
はっと息を呑む美しさ。
枝垂れ桜と花筏の饗宴。
夜はライトアップされていました。
新潟島の中心街に入ります。
かつて花街として栄えた古町エリアです。
鍋茶屋
(国登録有形文化財)
木造3階建て、圧倒的な存在感。
明治天皇行幸時に料理を調進した由緒ある料亭で、創業弘化3年(1846)、スッポン鍋をウリにして始まりました。
当時の新潟は信濃川、阿賀野川、日本海による水運で大いに賑わっていて、この鍋茶屋がランドマークだったのでしょうね。
現在の建物は明治41年(1908)の大火後の再建で、昭和13年(1938)の増築を経て今に至ります。
鍋茶屋通り
通りの名前も鍋茶屋由来。
いつか会食をしたいものです。
夜も妖艶な姿で魅せてくれます。
鍋茶屋の向かいから街を突き抜ける小径。
往時はここが玄関口だった?
瓢亭
明治27年(1894)創業の鰻屋。
新潟三越に入店していましたが、三越閉店と共に古町に移転したそうです。
町に溶け込む佇まいですね。
古町通り(古町8番町)
今も歓楽街として賑わう通りです。
古町は南西にある白山神社から北東に続く通りで、1から順番に番町がふられています。
その中でも古町8〜9番町辺りが賑わいの中心。
懐かしのドリフ風w
花屋と貸しドレス屋、THE夜の街。
古町通りと並行している大通り、西堀通りにも桜の名所な寺院があります。
隣陀山 勝楽寺
(宗派:真宗大谷派)
鎌倉時代後期創建の寺院で、明治の新潟開港時にはイギリス領事館が置かれました。
再び古町通りへ戻ります。
古町通り(古町5番町)
ここは別名、水島新司マンガストリート。
新潟市出身の漫画家・水島新司の代表作「ドカベン」のキャラ銅像が7体設置されています。
SNSで"ケツバット"投稿が流行ったやつです。
その投稿に作者サイドが激怒、一時は撤去の危機があったそうです…
上古町商店街(古町4〜1番町)
アーケードを抜けると、リノベ物件が散見される上古町エリア、通称カミフル。
通りの先、始点の白山神社の鳥居が見えてきます。
白山神社前から始まり、北東の川下方面へ2km程続く古町通り。
かつて賑わった花街も、鉄道中心の都市計画の中で徐々に賑わいを失い、新潟島の人口も半減、三越などの百貨店も撤退してしまい、輝きを失ったかに思えましたが、近年、若者主導のリノベーション事業や三越跡の巨大複合施設建設の計画など、良い流れも見えています。
新潟に訪れる度に少しずつ深掘りしたい、そんな町並みでした。
3日目のランチは新潟五大ラーメンの一角を担う新潟濃厚味噌ラーメン。
東横 新潟駅前店
昭和58年(1983)創業、県内に5店舗を展開する味噌ラーメン屋です。
濃厚味噌ラーメン 野菜増し
越後味噌100%の味噌ダレがベースの味噌スープは、濃厚ながらも優しい味わい。
薄める為の割スープ付きなのが面白い。
ご当地マンホール
市の木・ヤナギのデザイン。
新潟はかつて、多くの柳が植えられて柳都とも呼ばれました。
*読みは"リュウト"
最後に。
古町巡りはブロ友のRTCさんの存在無しでは実現しませんでした。
この場を借りて、深くお礼申し上げます。
次回、レトロホテル宿泊記です。























