新潟漫遊2日目。
旅の舞台は弥彦へと。
霊峰弥彦山の麓、越後国一の宮・彌彦神社を擁する人口7,000人程の弥彦村。
11年振り3度目の訪問となります。
<旅の工程>
1日目:浦佐→塩沢→長岡
2日目:宮内→弥彦
3日目:弥彦→新潟
4日目:新潟
弥彦に着いたのは13時半、宿に荷物を預けて彌彦神社にお参りです。
駅から続く門前町と弥彦温泉街を抜けて10分程、森を背にした朱色の鳥居が見えてきます。
◆越後国一の宮 彌彦神社◆
一の鳥居
(国登録有形文化財)
大正5年(1916)建立の両部鳥居。
石橋
(国登録有形文化財)
境内を流れる御手洗川に架かる神橋。
大正5年(1916)建立で、親柱と欄干はひとつの石から彫り出されたものです。
御手洗川
清らかなせせらぎと輝く苔。
眺めているだけで身も心も清められそうです。
玉の橋
明治末の社殿焼失前は旧拝殿前にあった神橋で、現社殿建立と共に移築されました。
雨上がりの境内。
艶やかな美しさで溢れていました。
手水舎
(国登録有形文化財)
大正5年(1916)建立で、唐破風屋根や隅柱に控柱を添えた立派な造り。
ところで、明治45年(1912)に門前町で起こった大火により社殿群が焼失してしまった為、現在の建造物はほぼ大正5年(1916)の再建です。
石油蒸留釜
今、何かと話題の石油。
日本は石油の9割超を輸入に頼っていますが、国内生産量の6割を新潟県が占めています。
この釜は柏崎の石油工場から奉納されたもので、国内初の石油精製機です。
二の鳥居
(国登録有形文化財)
深淵な雰囲気が深まっていきます。
石灯籠と苔と椿が織り成す美しき風景。
艶やかな参道の先に見える神門。
影の中の輝く石畳。
随神門
昭和15年(1950)の建立です。
狛犬
(国登録有形文化財)
大正5年(1916)、名建築家、伊東忠太の図案を元にして名工、酒井八右衛門が造ったものです。
神門をくぐり、御神前へ。
弥彦山を背に広がる境内。
その向こうは海です。
古代、人々は越後平野から弥彦山を仰ぎながら開拓をし、そこに神の存在を見出したのでしょうね。
拝殿
(国登録有形文化財)
<御祭神>
伊夜日子大神 (天香山命)
天香山命は高倉下命の名でも知られる、天照太神の曾孫神。
*読みは"アメノカゴヤマノミコト"
社伝によれば、孝安天皇元年(BC392)に越国の開拓をした御祭神を弥彦山に葬り、御廟を建てて祀ったのが創祀とされています。
その後、崇神天皇の御代(BC97〜30)に社殿が造営され、中世以降は越後開拓の祖神を祀る一の宮として、武家や藩主から厚い崇敬を受けることとなりました。
現在の社殿は大正5年(1916)の再建。
設計は築地本願寺や明治神宮、橿原神宮で知られる伊東忠太です。
さすが酒処、大量の奉納樽。
武呉神社・草薙神社・今山神社 等
(御祭神:天五田根命・天戸国命・建筒草命 他)
随神門の脇から奥に入ると、天香山命の御子孫神(六王子)らを祀るお社が連なっています。
舞殿・楽舎
(国登録有形文化財)
毎年4/18に国指定重要無形民俗文化財の大大神楽がここで奉納されます。
また、彌彦神社では宮中同様に鎮魂祭を行う神社としても知られています。
(他の例では石上神宮と物部神社)
絵馬殿
(国登録有形文化財)
大正5年(1916)築造。
入母屋屋根に千鳥破風があるのが特徴的。
崇敬の厚さを物語る見応えのある絵馬たち。
旧本殿跡
明治45年(1912)の大火で社殿が焼失するまでの本殿鎮座地で、礎石が残されています。
御神木
旧本殿跡地前の御神木。
御祭神が宮居を定める際に地面に立てた椎の杖が大樹になったものと伝わります。
大火を乗り越えた歴史の目撃者ですね。
御朱印
2日目は弥彦温泉に宿泊したので、翌朝の御日供祭への参列が叶いました。
*読みは"オニックサイ"
御日供祭は御祭神に朝の御食事を献じる神事です。
鎮まった拝殿内、静かに響く祝詞…
神威を感じる貴重な体験でした。
次回、弥彦温泉宿泊記です。
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