4月に上旬、新潟を巡りました。

 

そろそろ10回目になろうかという新潟。

 

今まで通過する事が多かった中越地方を皮切りに10数年振りの弥彦、そして、県都新潟の町並みをじっくり巡った3泊4日旅です。

 

上越新幹線で越後湯沢の次の浦佐駅で下車。

 

少し時間を潰して、駅構内の観光案内所でレンタサイクルをして旅の始まりです。

 

<旅の工程>

1日目:浦佐→塩沢→長岡

2日目:宮内→弥彦

3日目:弥彦→新潟

4日目:新潟

 

最初に向かったのは中越地方随一の古刹。

 

駅から自転車ですぐ。

 

街道から建物の間に続く細い参道に入ると、その先に巨大な山門が現れます。

 

◆普光寺・毘沙門堂◆

 

毎年3月の裸押し合い大祭で奉納される和蝋燭が、橋の親柱に象られています。

 

山門(仁王門)

(南魚沼市指定有形文化財)

 

早春の澄み渡った青空の下、圧倒的な存在感。

 

12年の歳月を掛けて天保2年(1831)に竣工したもので、日光東照宮の陽明門を模したそうです。

 

 

振り返れば、越後連山の雪景色。

 

さすが、"トンネルを抜けると雪国だった"の中越地方、4月上旬でも春の訪れはまだ少しのようです。

 

 

山門の天井に描かれた"八方睨み"の双龍。

 

 

山門から回廊が伸びています。

 

太子堂(古山門)

 

江戸初期に高田城主が寄進した旧山門。

 

現山門建立により、文政9年(1826)に移築され、聖徳太子・白山権現らが祀られました。

 

 

横から見れば、まさに山門。

 

不動明王像・うがい鉢

 

石像仏としては日本最大という不動明王像。

 

日本三大奇祭で国の重要無形民俗文化財に指定されている裸押し合い大祭では、この巨大な湧水のうがい鉢で身を清めて上半身裸で押し合い、巨大な和蝋燭を奉納します。

 

毘沙門堂

(本尊:毘沙門天王)

 

大同2年(807)、坂上田村麻呂が蝦夷征討の折りに毘沙門天を奉斎した事が創祀と伝わります。

 

普門寺はこの毘沙門堂の別当として、承久3年(1221)に創建されたものです。

 

 

現在の堂宇は焼失後の昭和12年(1927)の再建。

 

堂内外に連なる奉納和蝋燭。

 

 

設計はかの伊東忠太が担ったそうです。

 

 

毘沙門堂から望む。

 

正面が太子堂、右端が不動明王。

 

 

左は山門。

 

 

毘沙門堂後方から渡り廊下が伸びています。

 

別行殿

 

運慶作と伝わる大日如来像を安置しています。

 

本堂

<由緒>

真言宗豊山派 吉祥山普光寺

創建:承久3年(1221)

本尊:毘沙門天

開山:弁覚

札所:西国三十三番観音霊場

 

鎌倉幕府三代将軍・源実朝が地頭・平繁基に命じて、別当として創建させたのが普光寺です。

 

現在の堂宇は延宝8年(1680)の再建。

 

寺務所

 

澄み渡った早春の空気の中、旅の始まりに最高に清々しいお参りになりました。

 

 

山門を額縁にして望む雪山。

 

 

これがこの日の相棒チャリ。

 

この後、側溝に嵌ってしまいパンク。

 

観光案内所の方に車で代車を持ってきてもらうという迷惑を掛けてしまいました…心より感謝です。

 

 

魚沼地域を縦断する魚野川。

 

 

街道の先に広がる越後三山。

 

雪国ならではの風景に心が躍ります。

 

ご当地マンホール

 

越後三山と旧大和町の花・八色ツツジと特産品の八色スイカのデザイン。

 

街道を北上します。