青島神社を後にして次の神社へ。

 

青島からバスで日向灘を左手に南下して40分、岸壁のお宮に着きます。

 

<旅の行程>

1日目:青島→日南→宮崎

2日目:宮崎→都農→美々津→延岡

3日目:高千穂

4日目:延岡

 

海洋信仰の聖地で、唯一無二の風景で知られる鵜戸神宮です。

(8年振り3度目)

 

◆鵜戸神宮◆

 

輝く社号標は水戸徳川家・徳川宗敬の筆です。

 

以前は鳥居の先に続く石段の本参道、八丁坂も入れたのですが、立入禁止になっていました。

 

その為、今回は舗装されている参道を進み、トンネルを抜けて海沿いに出ます。

 

 

柵の向こうに見える注連縄の岩は、八丁坂を守護する神犬石。

 

神門

 

広がる青空に映える神門。

 

社務所

 

社務所後方の速日峯の山頂には、御祭神の御陵とされる前方後円墳、吾平山上陵があります。

 

楼門

 

昭和51年(1976)、かつて仁王門が建っていた場所に建立されました。

 

 

右手に広がる雄大なる日向灘。

 

 

波の侵食を受けた岩が織り成す風光明媚な風景は、国指定名勝です。

 

千鳥橋

 

崖の狭間に架けられた朱色の橋。

 

 

下を覗けば、日向灘と奇岩が連なる絶景。

 

悠久の時を経てもなお、訪れる人を魅了し続ける鵜戸の景観。

 

ほどなくして、岸壁の石段に着きます。

 

 

社殿は左下に見える巌窟の中に鎮座していて、これが鵜戸神宮が"下り宮"とも呼ばれる由縁。

 

 

石段を見上げてみる。

 

 

石段下の巌窟の入口に建つ鳥居。

 

この奥に社殿が鎮座しています。

 

本殿

(宮崎県指定有形文化財)

<主祭神>

日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊

*読みは"ヒコナギサタケ-ウガヤフキアエズノミコト"

 

通称、鸕鷀草葺不合尊。

 

彦火火出見尊と豊玉姫命の間に産まれた神で、初代神武天皇の父神です。

 

「日本書紀」によると、その名は産屋を"鵜"の羽の"草"(茅)で"葺き合わせない"内に尊が産まれ、"渚"に残された事に由来します。

 

 

社殿は拝殿・幣殿・本殿が一体となった造りで、正徳元年(1711)に飫肥藩主・伊東祐実が改築したもので、それ以降も明治、昭和、平成に改修が行われました。

 

 

マーブル模様の美しい巌窟の天井。

 

この巌窟は豊玉姫命が子を産む為に築いたものとされています。

 

その創建は第10代崇神天皇の御代(BC97〜BC30)と伝わり、平安時代には修験道の一大道場となり、"西の高野"とも称されるほどに栄えました。

 

 

花頭窓が神仏習合時代の名残り。

 

お参りをして、巌窟内を回ります。

 

皇子神社

(御祭神:彦五瀬命)

 

神武天皇の兄神が祀られています。

 

九柱神社

(御祭神:綿津見命他)

 

伊邪那岐命が日向の阿波岐原で禊をした時に産まれた九柱を祀っています。

 

御乳岩

 

御祭神の母神・豊玉姫命が綿津見神宮に戻る際、御子の為に乳房をこの岩に貼り付けていったと伝わり、今も絶えず清水が滴っています。

 

産湯の跡

 

太古の昔、海人族が上陸してこの巌窟を住まいとした風景を思い描きながら…

 

 

海辺の湿った巌窟内の木造建築を維持管理するのは、かなり大変な事でしょうね。

 

巌窟から表へ出ます。

 

 

運玉を投げ入れて運試しをする霊石亀石。

 

2000年を超える伝承を持つ鵜戸神宮。

 

果たして、どういったいきさつでこの岸壁の巌窟が聖域となったのだろう?

 

この地に辿り着いた古代海人族か、はたまた伝承通りに人智を超えた海の神々によるものか…目の前に広がる大海原を見ていると、神話の世界がすぐそこに存在しているかの様な感覚に陥ります。

 

その感覚こそが自然への畏怖の念となり、長い年月の中でこの地を聖域としていったのかもしれません。

 

そんな物思いに耽るお参りでした。

 

御朱印

 

鵜戸を去る前にスイーツでひと息。

 

 

マンゴーどっさりなアイスクリーム。

 

初日の漫遊終了。

 

バスで1時間半掛けて宮崎まで戻ります。