昨年11月の小田原散歩の続き。

 

福住楼宿泊前に小田原を巡り、宿泊後に大雄山最乗寺に紅葉狩に行った晩秋のとある日。

 

小田原城に続いて、小田原が誇る偉人、二宮尊徳を祀る神社にお参り。

 

◆報徳二宮神社◆

 

昨夏、尊徳記念館を訪れ、その偉業と思想に感銘を受けた私ですが、久し振りのお参りです。

 

境内は小田原城の南側、かつての二の丸雪曲輪(小峯曲輪)に位置しています。

 

 

威風堂々とした木造両部鳥居。

 

 

お参りしたのは11/下旬。

 

紅葉が見頃を迎えつつありました。

 

参道には、きんじろうカフェという神社カフェがあります。

 

そのまま進むと、手水舎。

 

手水舎

 

その先に銅製注連柱。

 

 

小田原城から流れてくる参拝者や、地元の崇敬者で人が絶えない境内。

 

二宮尊徳翁像

 

平成21年(2009)寄贈の翁像。

 

手前の説明版の名言、"経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である"

 

江戸時代後期、独自の理念と手法で小田原藩や日光神領などの財政改革と復興を成し遂げた、今で言えば、超敏腕コンサル、二宮尊徳。

 

"道徳・理想を謳っても、経済力が伴わなければ、戯言・絵空事"とするのが、尊徳らしいですね。

 

某プル○ンシャル生命がまさに"道徳なき経済"の王道を行くスタイルか…

 

二宮尊徳像

 

昭和3年(1928)寄進の銅像。

 

二宮尊徳の本領発揮は成人してからですが、この少年期の姿の方が有名ですね。

 

これと同じ銅像が1千体制作され、全国の学校に設置されましたが、戦争で全て供出されて、この一体が現在残る唯一のものだそうです。

 

二宮尊徳神社では、昨今、小学校の統廃合や時代の流れにより、行き場を失う事が増えてきた二宮尊徳像を引き受けているそうです。

 

この姿を"ながらスマホ"に例えて、子供に好ましくないとする人もいるのだとか。

 

時間を惜しんで勉強をする勤勉少年と一緒にして批判する時点でお里が…

 

 

社殿が見えてきました。

 

拝殿

<御祭神>

二宮尊徳翁

 

明治27年(1894)、関東・東海の報徳社の社員の総意により、生誕の地に創建されました。

 

報徳社とは、二宮尊徳が唱えた経済思想"報徳"を継承、普及させる社団法人です。

 

拝殿の礎石は天保の大飢饉の際、二宮尊徳が小田原城の米蔵を開かせ、領民を飢餓から救ったと言われる、その米蔵の礎石を転用しているそうです。

 

 

格式高き神明造の社殿。

 

現在の社殿は明治42年(1909)改築です。

 

 

境内を振り返る。

 

祈祷殿

 

元は宝物殿だったものです。

 

宝物は現在、境内向かいの報徳博物館に収蔵されています。

 

神池

 

鯉の餌やりも出来ます。

 

小峯曲輪空堀

 

本丸裏手の守りでした。

 

左に本殿がチラリと見えますね。

 

 

小田原城本丸側の鳥居。

 

御朱印①

 

御朱印② 創建130周年記念朱印

 

"一円融合"とは、報徳思想のひとつで、"善悪・苦楽・強弱・貧富"などを切り離して考えるのではなく、一つの円に入れて見ることにより、それらが融合・調和・共生をし、真の成果が生まれて心豊かな社会が築けるという考え。

 

"人生、山あり谷あり"も同じで、人生の二面性を受け入れる事で辿り着ける景色もありますね。

 

報徳思想、学校でもっと取り上げて欲しい。

 

そんな事を思ったお参りでした。

 

次回、小田原ディナーの記事を送ります。

 

 

尊徳記念館・二宮尊徳生家訪問期 2025.6