7月のとある日。

 

世間は地震予言とやらでざわついていた時。

 

その影響で大陸からの観光客激減と聞き、ここぞとばかりに富士宮に行ってきました。

(実際、某国観光客はほぼおらず快適でした)

 

そんな7月の日帰り富士宮漫遊。

 

なんと、11年振りの富士宮です。

 

横浜からJRを乗り継いで2時間少しで到着。

 

富士宮駅から5分程で社頭です。

 

◆駿河国一の宮 富士山本宮浅間大社◆

(世界遺産)

第二大鳥居

 

富士山を御神体とする浅間神社系の総本宮で、駿河国の一の宮。

 

富士山頂に奥宮が鎮座していて、山頂も境内の一部になっています。

 

 

社号標と国旗の間、雲の中から山頂がチラリ。

 

社号標の漢字が"富"ではなくて、"冨"の字なのは、神域を敬っての事だそうです。

 

三之鳥居

 

美しい石畳の参道を進んで行きます。

 

流鏑馬像

 

鎌倉時代、源頼朝により確立されたと言われる流鏑馬神事。

 

ここ浅間大社でも源頼朝が流鏑馬を奉納して以来、5月初旬に執り行われています。

 

輪橋・鏡池

 

鏡池を渡ると、境内を左右に横切る馬場があり、その先に雄大な楼門がそびえています。

 

楼門

(静岡県指定有形文化財)

 

慶長19年(1614)の造営です。

 

朱色に檜皮葺きの屋根の美しき調和。

 

日の丸と共に青空に映えます。

 

鉾立石

 

浅間大社と元宮・山宮浅間神社の間を御祭神が往復する山宮御神幸が明治時代まで行われていて、その際に神鉾を立てた霊石です。

 

 

楼門から社殿を望む。

 

 

直線の奥行きの美。

 

拝殿

(静岡県指定有形文化財)

<御祭神>

木花之佐久夜毘売命 (浅間大神)

*読みは"コノハナノサクヤビメ"

 

御祭神は山と桜のイメージで知られる女神。

 

相殿には夫神・瓊瓊杵尊と父神・大山祇命が祀られています。

 

第7代孝霊天皇の御代(BC290〜BC215)に富士山が大噴火し、長期に渡る荒廃を憂い、第11代垂仁天皇がその御代3年(BC27)、山霊を鎮める為に御祭神を祀った事が起源と伝わります。

 

当初祀られていたのは、現在地より北6kmの地にある山宮浅間神社。

 

山宮浅間神社は社殿の無い富士山の遥拝所で、古代の山岳信仰の姿を今に伝えています。

 

 

社殿は慶長9年(1604)、徳川家康の寄進。

 

御本殿

(国指定重要文化財)

 

拝殿同様、徳川家康の寄進です。

 

寄棟造の社殿の上に流造の社殿が乗る浅間造。

 

他に例を見ない浅間神社特有の造りです。

 

三之宮浅間神社

(御祭神:浅間第三御子神)

 

御本殿の左右には御子神を祀る摂社。

 

第三御子神は火遠理命(山幸彦)で、初代神武天皇の祖父神。

 

七之宮浅間神社

(御祭神:浅間第七御子神)

 

延喜式で名神大社とされ、駿河国一の宮としても崇敬を集め、源頼朝や北条義時、武田信玄、徳川家康といった武将からも厚い加護を受けました。

 

 

活火山、富士山。

 

中世、近代においても延暦(800)・貞観(864〜866)・宝永(1707)と三度の大噴火が起きていて、その度に人々は山の怒りを畏れ、それを鎮める存在としての浅間大社への信仰を一層強めたのでしょうね。

 

最後の大噴火から320年が経とうとする今日…

 

 

透塀に囲まれた社殿をぐるりと巡ってみます。

 

紫陽花が植えられていていましたが、見頃過ぎ。

 

信玄桜

 

武田信玄手植えと伝わる枝垂れ桜。

 

現在の桜は2代目だそうです。

 

 

楼門脇に展示されている富士山の絵画。

 

お参りを済ませて、境内の東側へ。

 

 

神水で潤う空間です。

 

湧玉池

(国指定特別天然記念物・平成の名水百選)

 

富士山の伏流水を水源とする神池で、水温は1年を通して13℃前後だそうです。

 

池から流れる川では子供や若者が水浴びをしていました…日本らしい良い風景。

 

因みに、神田川の水源もここ湧玉池だとか。

 

 

この透明度と美しさが失われませんように。

 

御朱印・御守り

 

続いて、白糸の滝へ向かいます。

 

 

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