3泊4日和歌山県漫遊最終話。

 

朝に高野山に入り、壇上伽藍(本堂)・金剛峯寺(本坊)と巡り、最終地の奥之院へ向かいます。

 

そこは墓域となっていて、最奥に弘法大師空海が今も生き続けているとされる御廟があります。

 

金剛峯寺からバスで数分、入口に着きます。

 

◆奥之院◆

(世界遺産・国指定史跡)

一の橋

 

ここから空海の御廟まで2kmの参道が続き、その参道沿いには皇族や戦国大名、一般市民の供養塔や墓碑が所狭しと建てられています。

 

その数は20万基を超えるとも言われ、戦国大名の墓碑だけでも2000基を数えます。

 

これは全大名の4割に相当するそうです。

 

それでは、

 

一の橋を渡り、聖域へ足を踏み入れます。

 

奥州仙台 伊達家墓所

 

墓域に入ってすぐ登場の仙台伊達家墓所。

 

この裏手に宇和島伊達家の墓所もあります。

 

加賀 前田家墓所

 

加賀100万石前田家。

 

薩摩 島津家墓所

 

明治の近代化を牽引した薩摩島津家。

 

五輪塔や鳥居の立派さは大名の財力と権力の証?

 

戦国時代、高野山の寺院が戦国大名に庇護を求めた事で、大名も墓碑を建てるようになったそうです。

 

山口 毛利家墓所

 

名だたる大名の墓所の連続。

 

圧倒されるばかり。

 

羽後秋田 佐竹家墓所(佐竹義重霊屋)

(国指定重要文化財)

 

清和源氏の名家、佐竹家。

 

明治時代以降は男爵家となり、秋田県知事や市長を歴任しる佐竹敬久はその末裔。

 

熊駆除へのクレーマーに対して、"お宅に熊送る"発言は天晴れでしたw

 

奥に見える霊屋は江戸時代中期の建立です。

 

小田原 北條家墓所

 

我が相模の北条家はと言えば…

 

奥まった所に石塔が連なるだけで、少し寂しい。

 

紀州初代藩主 徳川頼宣墓所

 

紀州徳川家は立派な石門付き。

 

歴代紀州藩主の墓所も同じ造りでした。

 

 

苔むす墓碑。

 

まるで、人々の想いと空海の慈悲が包み込んでいるかのよう。

 

清浄な水と空気とほの暗い空間が美しい苔を育んできたのでしょうね。

 

武田信玄・勝頼墓所

(和歌山県指定史跡)

 

戦国最強の騎馬隊を誇った武田家。

 

志半ばで散った親子が静かに眠っています。

 

 

参道から外れて奥へ上がっていきます。

 

半分埋もれたような鳥居と傍らの井戸。

 

何とも言えぬ深い雰囲気です。

 

上杉謙信霊屋

(国指定重要文化財)

 

戦国最強の武将、上杉謙信。

 

杉に囲まれた高台に眠ります。

 

霊屋は江戸時代初期の建立です。

 

 

墓域ゆえ、"怖い"という話も聞きますが、心地良い静けさと深さを感じる空間でした。

 

足取りも軽く、奥へと進みます。

 

伊達政宗墓所

 

伊達家とは別に建てられた墓所。

 

佐竹氏や最上氏といった陸奥の強豪と渡り合い、一時は豊臣秀吉とも対峙した"独眼竜"政宗。

 

時代の歯車が少しずれていたら、天下を統一していたかもですね。

 

明智光秀墓所

 

奥之院では戦国の勝者も敗者も、敵味方も関係無く葬られ、そして、祀られています。

 

未だ謎多き本能寺の変。

 

明智光秀とは一体、何者だったのだろう?

 

石田三成墓所

 

戦国時代きっての知将、石田三成。

 

豊臣政権の中枢を担いましたが、それゆえ、秀吉死去後は徳川家康と対立。

 

そして、関ヶ原の戦いに敗れ、生涯を終えます。

 

 

静かに行き交う人々を見つめるお地蔵さん。

 

結城秀康(及び同母)石廟

(国指定重要文化財)

 

徳川家康の次男、結城秀康。

 

羽柴秀吉の養子となるも、秀吉に実子が産まれた為、結城氏の養子に出されます。

 

関ヶ原の戦い後、福井藩初代藩主、越前松平氏の祖となります。

 

石廟は越前の笏谷石で造られています。

 

豊臣家墓所

(和歌山県指定史跡)

 

伽藍の再建や金剛峯寺の前身、青巌寺を建立するなど、高野山の庇護に回った豊臣秀吉。

 

ひと際広い敷地に墓所が設けられています。

 

織田信長墓所・筒井順慶墓所

 

当時、3万の僧兵を擁した高野山。

 

織田信長の標的となり、高野聖1383名が惨殺され、更に紀州征伐で高野山攻めもされます。

 

その為か、小さな墓石のみ。

 

隣の五輪塔は高野山攻めをした筒井順慶の墓です。

 

 

一の橋から1時間強、御廟ノ橋に着きます。

 

橋から先は撮影禁止です。

 

御廟にお参りをして、帰りは行きと並行したもうひとつの参道を巡ります。

 

行きとは異なり、開けた明るい墓域です。

 

ヤクルト慰霊碑

 

名所?にもなっているヤクルト墓所。

 

ヤクルト社の先人達が葬られています。

 

他にもUCCのカップ型墓石やロケット墓石など、様々な企業墓所があります。

 

動物供養塔

 

医学研究の犠牲となった試験動物を弔う為に、神戸の医化学試験所が建立した動物供養塔です。

 

人類の生の裏側にある動物の死…

 

食べ物もそうですが、供養の誠を常に持って生きていきたい。

 

これで初の高野山参りもお終い。

 

13時前にバスで高野山駅へと戻りました。

 

高野山駅

(国登録有形文化財)

 

昭和3年(1928)竣工の駅舎。

 

擬洋風と寺院風が融合した造り。

 

ここからケーブル、南海鉄道、JRを経由して和歌山駅へ戻り、特急で新大阪へ向かい、新幹線で21時過ぎに新横浜到着。

 

7年振りの和歌山県。

 

奈良にも負けぬ素晴らしい寺社仏閣の数々に、古き良き町並み…そして、和歌山ラーメン。

 

その魅力に陶酔した4日間でした。