和歌浦天満宮から万葉のふるさとへ。
徒歩10分程で海辺の景勝地に着きます。
そんな名勝の中の古社へ初参拝です。
隣接した二社でひとつの神社を形成しているのですが、まずは玉津島神社から。
◆玉津島神社・鹽竈神社◆
(国指定史跡)
玉津島神社
南大鳥居
国指定史跡で名勝の和歌浦。
「万葉集」にも詠まれた和歌の故郷とも言える地で、今も砂嘴が造る風景が残り、古来、天橋立と並ぶ景勝地として人気を博しました。
平成29年(2017)には、「絶景の宝庫 和歌の浦」として日本遺産に認定されています。
大鳥居
平成10年(1998)再建の大鳥居。
小野小町袖かけの塀
大野小町の伝承が残る赤塀です。
美しい石畳の先に社殿が鎮座しています。
拝殿
<御祭神>
稚日女尊
息長足姫尊
衣通姫尊
明光浦霊
稚日女尊・息長足姫尊・衣通姫尊を玉津島明神とし、摂津住吉大神・明石柿本大神と共に"和歌三神"として崇敬を集めてきました。
明光浦霊は後に配祀された産土神。
息長足姫尊(神功皇后)が紀伊半島に進軍した際、稚日女尊の霊威に加護を受けた為、その分霊を当地とかつらぎ町に祀った事が創祀と伝わります。
*読みは"ワカヒルメノミコト"
天照大神の妹神である稚日女尊は、丹生都比売神と同一視する説もある女神で、かつらぎ町に祀られた分霊が今の丹生都比売神社と深い繋がりがある事が窺えます。
衣通姫尊は絶世の美女として伝わる、第19代允恭天皇の妃で、天皇の夢枕で衣通姫尊が一首を詠んだ故事に基づき祀られたそうです。
*読みは"ヨトオリヒメノミコト"
立ちかえり またもこの世に跡垂れむ その名うれしき 和歌の浦波
和歌浦に立ち戻った喜びが伝わりますね。
根上り松
江戸時代の「紀伊国名所図会」に描かれていた鶴の松を枯れた後に、境内に移したものです。
歌枕展望広場
下に広がるのは、実業家・福島嘉六郎の旧宅と庭園です。
和歌の浦 あしべ庵(旧福島嘉六郎邸)
*見学無料
実業家・福島嘉六郎の別荘。
昭和4年(1929)の築造です。
別荘地として賑わった往時を偲ばせる遺構。
一旦、境内を出てからもう一社へ。
鹽竈神社
岩の鏡山の側面に鎮座しています。
巌窟へと誘う石畳の参道。
大蛇の様に岩に絡みついた松。
御祭神はこの巌窟に祀られています。
輿の窟(御本殿)
<御祭神>
塩槌翁尊
大正6年(1917)、玉津島神社の祓所から神社になりました。
室町時代、丹生都比売神社から玉津島神社まで神輿が渡御する浜降り神事があり、その際、この輿の窟に神輿を一晩安置していたそうです。
海辺のお社らしい雰囲気に浸りました。
お参りを終え、少し周辺散策。
不老橋
嘉永4年(1851)、第10代紀州藩主・徳川治宝の寄進で造られたアーチ石橋です。
和歌浦
(国指定史跡・名勝)
砂嘴へと続く道。
平安時代、高野山や熊野詣が盛んになると、和歌浦での遊行も賑わいを見せます。
近代もリゾート地として開発され、戦後には"西の嵐山"と称される程の一大観光地となりました。
一時衰退しますが、現在、再開発が進んでいる模様です。
三断橋
海に浮かぶ小島、妹背山に架かる石橋。
妹背山には多宝塔が建てられています。
玉津島神社の背後の奠供山から和歌浦の絶景も拝めるようなのですが、ここで時間切れ。
また次回に。
御朱印
時刻は14時半。
バスで和歌山市街に戻ります。
















