広島県漫遊最終地。
吉備津神社と並ぶ、もうひとつの一の宮へ。
吉備津神社のある新市駅の隣、上戸手駅下車。
徒歩数分で線路沿いに広がる境内に着きます。
◆備後国一の宮 素盞嗚神社◆
大鳥居
その社名の通り、素戔嗚尊を祀る神社です。
尾道や福山といった旧備後国の鎮守も素戔嗚系の艮神社でしたが、一の宮も同じくで、同じ広島県でありながらも、安芸国とは全く異なる歴史と文化を感じます。
石鳥居は元禄年間(1688〜1704)の建立。
一見、地元系の神社に思えますが、境内に一歩足を踏み入れると、素戔嗚系の神社らしい、深い空気感。
随神門
吉備津神社同様、この地方の特色か、六脚の神門。
質素な造りの中に感じる重厚さ。
開放感のある境内。
手水舎
石に彫られた見事な装飾。
手水石を支える邪鬼。
神楽殿
素盞嗚神社は祇園祭発祥の神社と言われ、毎年7月に行われる祇園祭では、神楽殿に神輿が納められます。
因みに、京都の八坂神社(祇園社)は素盞嗚神社から勧請された広峯神社からの分霊。
拝殿
<御祭神>
素盞嗚尊
奇稲田姫命
八王子命
奇稲田姫命はご存じ、素盞嗚命の妃神。
八王子命はその8人の御子神の総称です。
天武天皇の御代(673〜686)の創祀と伝わり、前述の通り、祇園祭発祥の神社。
疫病は死者の祟りとされていた時代。
死者の霊を鎮める儀式、"御霊会"が祇園祭になっていたと考えられているそうです。
拝殿から振り返る。
素盞嗚尊と言えばの"蘇民将来"伝承も、この地が発祥と伝わり、境内は旅人(実は素盞嗚尊)をもてなさなかった巨旦将来の屋敷跡と伝わります。
"吾は素盞嗚神なり 後の世に疫病あらば 汝は蘇民将来の子孫と云いて 茅の輪を以って腰につけたる人は免れるであろう"
つまり、今では全国各地で行わる茅の輪くぐりの神事の発祥地でもあります。
御本殿
福山藩初代藩主・水野勝成による再建です。
巨大な左右の破風の迫力に飲み込まれる…
檜皮葺の雅な重厚さも素晴らしい。
ところで、蘇民将来伝説では、素盞嗚命は出雲から鞆の浦を目指していたと伝わります。
そのルートが歴史上の何を意味したのか…
出雲の民族が南下し、備後地方を治めると共に、疫病退散の儀式を伝承したとか?
蘇民神社
(御祭神:蘇民将来)
疱瘡神社
(御祭神:比比羅木其花麻豆美神)
比比羅木其花麻豆美神は「古事記」にのみ登場する神で、邪気を払う、柊の花の神と考えられているようです。
*読みは"ヒヒラギソノハナマヅミノカミ"
戸手天満宮(本地堂)
(御祭神:菅原道真公)
(福山市指定重要文化財)
元は神仏習合時代の別当寺の御本堂だったもので、江戸中期の築造。
平成10年(1998)に修復工事が行われました。
社務所
神仏習合時代の遺構?
北門(旧相方城城門)
境内地の南西に築かれ、戦国時代には毛利氏の直轄城となった相方城の城門を移築したもの。
*読みは"サガタジョウ"
立ち&尻上げ狛犬さん。
戸手・相方神輿舎
最寄りの上戸手駅の脇に建つ神輿舎。
今年1月に建てられました。
御朱印
蘇民将来、茅の輪くぐり、祇園信仰…
1300年の時を超え、日本人に根付く信仰や神事。
目に見えない何かを感じ、そこに意味を見出し、大切に育む日本人ならではの感性。
静寂の境内で感じる歴史の深さ。
漫遊の〆に素晴らしいお参りでした。
時刻は13時半。
福山に戻り、新幹線で帰路へ。
次回、この漫遊でのラーメンまとめの記事を送ります。
***一の宮まとめ***
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