竹原の町並みから次なる風景へ。
竹原港から高速船で40分。
瀬戸内海に浮かぶ島、大崎下島に着きます。
島の東端にある大長港から、重伝建の港町へ向かいます。
<旅の行程>
1日目:竹原→御手洗
2日目:尾道
3日目:鞆の浦→福山
4日目:福山
大長港から徒歩20分程、御手洗に到着。
「男はつらいよ」を始め、様々な映画やドラマのロケ地にもなった風光明媚な港町です。
◆豊町御手洗◆
(国選定重要伝統的建造物群保存地区)
旧柴屋住宅(御手洗町並み保存センター)
(呉市指定有形文化財)
*入館無料
庄屋役を歴任した高橋家の旧宅で、文化3年(1806)には、伊能忠敬が測量の為に宿泊しました。
座敷から望む中庭の図。
潮騒に耳を傾けて過ごす昼下がりを妄想して…
常盤町とおり
江戸時代築造の町家が連なる通りです。
格子も美しい切妻造の町家たち。
リノベカフェから溢れるJAZZの音色…
江戸風情に浮かび上がるパステルカラー。
ここから海とは反対側へ。
若胡子屋跡
(広島県指定史跡)
*読みは"ワカエビスヤ"
享保年間(1716〜1736)築造の旧茶屋。
*修復工事中の為、休館中
北前船の寄港地としても栄えた、"潮待ち・風待ち"の御手洗。
花街として賑わったそうです。
旧金子家住宅
(呉市指定有形文化財)
*土日祝限定公開(有料)
庄屋役を務めた金子家の旧宅。
幕末に薩摩藩と広島藩の密貿易の舞台となった建物で、倒幕派の密約"御手洗条約"も締結されました。
幕末、坂本龍馬や高杉晋作らも頻繁に訪れていたそうです。
天満神社
(御祭神:菅原道真公)
菅原道真が太宰府に配流となった際、この地に立ち寄り、境内の井戸で手を洗ったという伝承が残ります。
それが、御手洗の地名の由来。
通りを戻り、海の方向へ進みます。
新光時計店
江戸時代から続く時計店。
建物も築100年を超えます。
御手洗を知ったきっかけが、「にっぽん原風景紀行」(2009〜2013)というBSの番組。
ナビゲーターの清水美沙さんが訪れた時計店で、"伝説の時計職人"と呼ばれた4代目から、代替わりしていましたが、5代目と思われる方が窓際の作業場で時計の修理をしていました。
時を経て出会った憧れの原風景。
乙女座
*入館料¥200
昭和12年(1937)開館の旧映画館。
平成中期に復元されました。
芝居小屋な造り。
江戸みなとまち展示館
*入館無料
"潮待ち・風待ち"の港町の資料館。
かつての御手洗の風景図。
恵美須神社
(御祭神:事代主命)
(広島県指定重要文化財)
寛文6年(1666)創建、御手洗最古の神社。
海に面して建つ鳥居が海町ならでは。
船宿Cafe 若長(旧大洲藩・宇和島藩船宿)
(呉市指定有形文化財)
文政年間(1818〜1831)築造の旧船宿。
三軒長屋と呼ばれる、旧村井・木村・北川家住宅の三軒が連なった造り。
千砂子波止
*読みは"チサゴノナミドメ"
文政12年(1829)、広島藩が当時最高の技術で築造した防波堤です。
高灯籠は平成期の再建。
石段に彫られた宝船。
住吉神社
(御祭神:住吉大神)
(広島県重要文化財)
波止の付け根に鎮座する港の守護。
文政11年(1828)、大阪住吉大社からの勧請。
海沿いから一本入った通りから港へ戻ります。
満舟寺
(宗派:真言宗古儀派)
寛延7年(1751)創建の寺院。
鎌倉時代、村上氏が海の関所を設け、戦国時代には加藤清正が築城した記録が残る御手洗。
石垣は戦国時代の技術、"乱れ築き"で築かれている事から、元々は水軍の砦跡と考えられています。
瀬戸内海の貿易拠点だったからか、所々で擬洋風建築に出会います。
七卿落遺跡
(広島県指定史跡)
*入館無料
町年寄を担った多田家の屋敷跡。
"蛤御門の変"の敗北により、三条実美ら7名の公卿が長州藩に守られて都落ちした際、滞在しました。
風光明媚な風景の裏では、討幕派の拠点だった御手洗…歴史の裏側を垣間見た散策でした。
17時過ぎ、竹原に帰港。
雨風強く、不完全燃焼の散策でした…
いつかまた晴れの日に。
これにて、初日終了。
竹原駅近の広島カープ激推しのホテルに泊まり、翌日から尾道です。
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