島根漫遊3日目。
温泉津を後にして、JRとバスを乗り継ぎ45分。
かつて、石見銀山で栄えた世界遺産の町を巡ります。
<旅の行程>
1日目:津和野
2日目:津和野→温泉津
3日目:大森・石見銀山
4日目:大田→浜田
江戸時代、世界の銀産出量の1/3を占めた日本。
その中心がここ大森銀山(石見銀山)でした。
銀山のお膝元の大森町には、今も3kmに渡る町並みや間歩と呼ばれる坑道が残されています。
*読みは"マブ"
前編は代官所周辺・大森地区の風景から。
◆大森銀山(重伝建)◆
(世界遺産・国指定史跡・国選定重要伝統的建造物群保存地区)
江戸時代、町は幕府直轄領となり、代官所が置かれていました。
その跡地に資料館が建っています。
石見銀山資料館(代官所跡)
*入館料¥550
門と長屋は代官所の遺構で、文化12年(1815)の築造。
*内部撮影禁止
建物は代官所の跡地に明治35年(1902)に建てられた旧邇摩郡役所。
昭和51年(1976)、管理協会に譲渡されて資料館となりました。
資料館の長屋の端に鳥居。
町の鎮守社です。
城上神社
(御祭神:大国主命)
(島根県指定有形文化財)
平安時代創建の延喜式内社。
天正5年(1577)、毛利氏により現在地に遷座されました。
重層的な入母屋造の社殿は文化9年(1812)の再建。
拝殿の鏡天井には極彩色な"鳴き龍"が描かれていて、手を打つと、見事な"鳴き"が響きます。
一方、反対側の坂を少し上がると、立派な楼門が見えてきます。
勝源寺
(宗派:浄土宗)
江戸時代前期の創建と伝わり、歴代の代官や奉行の墓が残されています。
楼門
(大田市指定有形文化財)
明和9年(1772)の再建。
御本堂
(大田市指定有形文化財)
御本堂は慶應3年(1867)の再建。
事前予約でのみ拝観出来るそうです。
また、この裏手の山の中腹には東照宮が鎮座しています。
それでは、
大森地区を抜ける街道をゆきます。
重伝建らしい、どこまでも続く奥行き感。
鎌倉時代末期に発見された石見銀山。
その後、大内氏・尼子氏・毛利氏による争奪戦が展開され、江戸時代には幕府直轄の石見銀山領が設けられ、慶長年間(1596〜1615)に銀産出量はピークを迎えます。
熊谷家住宅
(国指定重要文化財)
*見学料¥520
銀山町の栄華を今に伝える豪商の館。
熊谷家は鉱山業や酒造業を営み、代官所の御用商人も勤めました。
*記事は次回
Operahouse 大森座(旧大森郵便局)
明治5年(1872)開局の旧郵便局建築。
現在は"世界一小さいオペラハウス"として活用されています。
擬洋風な内部も見学したい…
昭和の名残り、TABACCOコーナー。
石見銀山理容館アラタ
大正期の理容室建築。
全国理容連合会による"理容遺産"の認定第一号です。
ノスタルジックな内部も見学自由。
青山家(旧田儀屋)
(島根県指定史跡)
田儀屋は村役人の指定宿・郷宿でした。
ベッカライ コンディトライ ヒダカ・アイスカフェ ヒダカ
前日宿泊した「のがわや」の女将さんが"世界一"と称賛していたパン屋です。
製パンマイスターのご主人と、同じく製菓マイスターの奥さんが営む人気店。
(どちらもドイツ国家資格)
因みに、ベッカライ-bekkarai-は"パン屋"、コンディトライ-konditorei-は"菓子店"の意味。
入店人数規制&行列だったので断念。
赤いポストの似合う町並み。
かつての醸造業の建築。
観世音寺
(宗派:天台宗)
岩場に建てられた寺院。
銀山隆盛の祈願所でした。
境内からは石州瓦の町並みを一望出来ます。
寛政12年(1800)の大火で殆どの建物が焼失した大森銀山地区。
現在の町並みはそれ以降の再建で、更に、昭和期に修繕・修景されます。
その甲斐あって、平成19年(2007)に世界遺産に登録されました。
町並みと自然保存と観光地化の調和。
その素晴らしい景観に、一歩々心が踊ります。
次回、熊谷家住宅の記事を送ります。
続く。
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