城端駅から再び世界遺産バスに乗ります。
山間の街道を走り20分。
世界遺産の集落がある五箇山に着きます。
<旅の行程>
1日目:立山(芦峅寺・岩峅寺)→富山→岩瀬
2日目:高岡→城端→五箇山(相倉・菅沼)→五箇山温泉
3日目:城端→南砺高瀬→井波→高岡
4日目:高岡→伏木→吉久→山町筋・金屋町→富山
駐車場から森の中の舗装道を歩いて数分。
谷間に開けた集落に着きます。
◆相倉・五箇山◆
(世界遺産・国指定史跡・国選定重要伝統的建造物群保存地区)
段々畑の中の合掌造りの民家。
夢見た憧れの風景が目の前に…感無量。
今も生活の場となっている集落には、20棟の合掌造りを含む24棟の歴史的建造物が残されています。
因みに、5つの谷があったのが"五箇山"の名の由来。
豪雪地帯の隠れ里だった五箇山は江戸時代、加賀藩の流刑地でした。
集落との境でもある庄川には橋を架ける事も許されず、籠で綱を伝って川を渡ったそうです。
いつからある霊石なのだろう?
隔絶された里だったからこそ残る、貴重な風景。
民宿 長ヨ門
集落には6軒ほどの民宿があります。
どんな夜空が拝めるのだろう?
合掌のお宿 庄七
合掌造りはその名の通り、三角の屋根が合掌している様に見える事が由来。
豪雪を防ぎ、2階部分では養蚕が営まれました。
それゆえの2階の大きな窓です。
(蚕は換気が大事)
勇助
見学可能で、民泊も可能な施設です。
*入館料¥300
明治元年(1868)の築造で、明治中期に現地に移築されたそうです。
囲炉裏のある広間。
見事な透かし彫りの欄間。
1階部分は宮大工が手掛けたそうです。
実は、加賀藩の塩硝(火薬の原料)の秘密製造基地でもあった五箇山。
掛けられた武具はそんな歴史の名残り?
2・3階では集落の風景や風景画、養蚕の歴史資料等が展示されています。
消防訓練の図。
窓から集落を眺める兄妹(の人形)。
見渡す限りの山と谷。
今でこそ、観光バスが往来し、観光客が訪れる屋外博物館といった感じですが、かつては、訪れる事すら難儀な秘境だったのでしょうね。
相倉民族館
小振りの合掌造り建築。
三郎(旧岩本家)
江戸時代後期築造の原始合掌造りです。
屋根だけの"ナンマンダブツ建て"と呼ばれるもので、五箇山で残るのはこの一軒のみ。
昭和初期までお婆さんが暮らしていたそうです。
にっぽんの原風景がここに。
地主神社
集落を見守ってきたお社。
石垣を彩る里山の草花。
街道の先に見えるのは人形山。
ここからの風景だけは何百年も変わらないのかも。
勇助から外を眺めていた兄妹にさよなら。
バスで次の集落へ向かいます。
続く。
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