今日は、やるべき事、懸案事項が一段落。
久々にほっとした時間を過ごしています。
一番は父のこと。
今月は通常のサポートに加え
実家に戻る件での手配や調整、介護の再認定の調整
記憶に関する病院の検査などなど
やることが満載、それが一応終わったのです。
倒れて1年、病院→違う病院→大阪の施設と過ごし
まもなく実家に戻り、
本当の意味で新しい生活が始まります。
大阪での4か月は病院から一般の生活への移行期。
日常を送るリズムを取りもどす、歩行できる体力と
筋力をつけるを目標に父をサポートしてきました。
大変・・という言葉では表せられないくらい
色々なことが降ってきました。
脳障害による記憶障害や機能障害と
認知症は違うということは
介護関係の方でも理解されていないというか
理解して対処することに重要性を感じていないことに
びっくりしいらだつこともしばしばありました。
本当に色々なことがあったけど最後は生活のリズムも出来
「帰るのはうれしいけど、なんか寂しくもあるな」というまでに。
そして、昨日は、最後のイベント、
父の記憶に関する検査の日。
検査は2つですが、予約の関係で朝から晩まで
病院にて父と二人時間をつぶさないといけないことに。
雨も降っていたし、
「今からどこ?」 「お昼は?」 「午後はMR?」と
スケジュールがわからない不安ゆえの
5分おきぐらいの同じ質問攻撃に少々私も疲れておりました。
そんななか、父から思いもかけないうれしいプレゼントが!!
今のことを忘れてしまう父が、
夫に感謝する言葉を言ってくれたのです。
そう、今の父は時々子供のように素直に
つるんと心の声を言い放ちます。
先日は焼肉屋で「この肉、固ーーーい」と言い放ち(汗)
というのもありましたが、
今回はうれしい心の声でした。
夫は、毎週日曜日、かかすことなく父を
食事に連れ出してくれました。
「食べたことは忘れてるやろけど、楽しかった~という気分
だけでもいいやんか」と、
私が行けないときも父の相手をしてくれました。
そんな彼のことを
「○○はほんまによくしてくれたな。息子でもないのに。
なかなかできないよ。
毎週色々なところに連れていってもらった。
あとまだ会えるの?
ありがとうと言わないといけない。
○○はおいしそうに食べるでしょ。
いい顔で笑うんじゃ。わしはあの顔が大好き。」
と言ってくれたのです。
不覚にも涙が出てきました。
帰って夫に話して、二人でうるっとしました。
私と父は思春期の頃、仲良し親子でありませんでした。
むしろ逆。
厳しい、自己中心的な父は怖い存在で、
二人きりは苦手でした。
結婚して父との間に夫がいてくれるようになり
父との時間が少し増えたかなというくらいの距離感でした。
今の父は、昔のようにしっかりしているところもあるし
何か変なところもある。記憶障害もある。
倒れる以前から視力障害があり、
今回の件でさらに視野に影響があるようで
目が見えずらく、それが生きづらさに拍車をかけています。
「命を助けてもらった、感謝しないといけないけど、
こんな風になり、生きていくのもつらいな。何も出来ないもん。」
という心の声を言うときが時々あります。
父にとっては生きるのも試練かもしれません。
家族にとっても・・ですね。
が、父との距離を縮めるよい機会になったのも事実でした。
こんなことがなければ父とこれだけ話をしなかったでしょう。
毎週水曜日、二人で歩く練習をしたり
カードを使ってフラッシュゲームをしたり
ヨガボールを使って運動をしたり・・・。
いろんなことをしました。
「ありがとう」もいっぱいもらいました。
助かったとはいえ体中リスクだらけの父です。
あとどれだけ生きるのか神さましか知りません。
そんな父と、このままお別れしたらあかんよと
私だけでなく、他の兄弟にも
父との距離感を縮める時間、
命のバトン(・・と何かのコラムにありました)
を神さまからもらったのだと今は思えます。
実家に戻ったら、介護の主は弟夫婦です。
大変なことが多いと思うけど、
しっかりとバトンを受け取ってもらいたいです。
そして、やるべきことプラス10%でいい・・
時々食事に連れ出したり、顔を出して手伝ったり
プラスαーの思いやりで
父と母とよい時間を作ってもらえたらと思っています。
私達は今度はサポーターとして
彼らが必要とするサポートをしていきたいと思います。
なんだか、作文のようになってしまった・・
今日のブログでしたが、
大切な気持ちを忘れないために。
司会・講師・コーチング brille-kobe ![]()