母の一周忌に感じたこと、、 | true colors

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人生はアートだ!

和モダンが好きです♡

創りたいものを創りたいままに創っていけたらいいな、と思っています

昨日は母の一周忌の為に実家に行きました


まず朝起きて、

ぼーっと外を眺めていたら

涼しい風が入ってきて


あー、少し前は激暑だったのに

今日は母が行くのを楽にしてくれるように

涼しくしてくれたのかなー

と思い


今度は電車に乗ったら

まさかの途中の駅間で止まってしまい

何駅前の駅で今人身事故があったので

しばらく止まります!のアナウンスが入り


結局は動いてくれた各駅電車の方で

ある程度近くの駅までは行けたものの

実家のある駅までは行けず

そこからタクシーを待ってもなかなか来ずで

その間、お坊さんに電話して

一時間遅らせてもらえたけども

結局ギリギリの時間になって


いつもだったら

1時間チョイで行けるところに

約2時間半もかかり


今度はその事に

これは母が何か

真っ直ぐ行けないようにしたのかなぁ?

何かのメッセージなのか?

と勘繰ってみたりして


なんだかこうしてこんな日は

いちいち起きる事に

わざわざ何かの意味づけをしたり

何かをいちいち思いたいたくなる

そんな日だなぁとそんな事を思いました


そしてギリギリになったけども

無事になんとか間に合い


法事が始まり

坊さんの話しを聞いていたら

どうやら四十九日と勘違いしてる感があり


途中に

すみません、今日は一周忌になります

と、まぁ言わんでも良かったのかもだけども

一応言ってみたりしながら


でも、お坊さんの

仏教の四十九日のお話しは

とても興味深くて


今、仏教の勉強もしてるわたしには

すみません!メモ取っていいですか?!

と言いたいくらいの

とても興味深いお話しが聞けて良かった


そしてそのお話しの中、

母は浄土真宗でしたが

そこでは

即得往生という教えがあり

それは亡くなったその時から

人は仏になる(浄土に往生する)

という考えであるらしく


それを聞いても

やはりつまりは

なんやかんや思ったり

意味づけしたりしたいのは

残されたこちらの人間だけなんだろうなぁ

と、更にそんな事を思いました


でもほんとにこの即得往生の話しは

一年前のお葬式の時にも聴かせて頂きましたが


この亡くなった時、ほんとに

あっ、やっぱりな!

という体感というか

母からほんとにそんな

何か解放された感というのか

すごく温かな柔らかく清々しい

空のような雲のような

そんなエネルギーが感じられて


そこからほんとに悲しいとか

そんな気持ちは全然湧きませんでした


そしてその感覚は

一年経った今も変わらないので


これは

わたしも母が仏になったことで

何かその仏の一部を

分け与えてもらえてるんじゃないのか?


と、まぁそんなことはあるはずないですが


でもほんとに

そんな穏やかな心地が

その時からポッと胸に入ったような

そんな感じがずっと続いております



でももしかしたらこの感覚は


約30年前に父親を亡くした時に


あの時、その後に


もっとこうしていれば良かった、、

あの時こう声をかけていれば、、

あんなこと言わなきゃ良かった、、

もっと何故優しく出来なかったのか、、と


たくさんたくさんの

罪悪感や自己嫌悪、後悔に

自己否定、怒り、悲しみ、辛み、苦しみ、、、

とほんとに押し潰されそうな気持ちを

嫌というほど味わって


それからその後何年か落ち着いた頃に

その気持ちを糧に

何か人の役に立たないか?と


同じ状況で亡くなった方のご家族(自死遺族)の

お話しを聴かせて頂く

ボランティアを何年もさせて頂く

その経験をさせてもらえたその時に


実はもう自分の中で

亡くなった方はもう苦しみはなく

ただ残された人の気持ちだけなんだな


と、そんな確信をもう自分で得ていたから


だから今回

母が亡くなった時も今も

こうして穏やかな気持ちで

いられるのかもしれません



お花の先生だった母は

花が大好きだったので実家には

あちこちに母が飾っていたお花があります




今、久しぶりに

ちょっと父の亡くなった時のことを

書いてみましたが


やはりもうわたしは

長い月日が流れたのもありますが


あんなに苦しいと思っていた日々ですが

もう嘘のように昇華というのか

もうほんとに今は無です


いや無なんてそんな言い方すると

父がかわいそうかな?汗うさぎ


いや、その苦しみ悲しみから抜けた状態を

無の心境といいたいだけで


その抜けた先での

父に感謝の気持ちがぶゎー!と湧いた瞬間の

あの時の感覚は

今でもとても覚えています


だから

父はわたしにとって

とっても素敵な存在だったし

それは母だって同じです



だからやはり思うのは


結局今のわたしが作られているのは


きっと

いつかどこかで父や母が

わたしに言ってくれたあの言葉

わたしに見せてくれたあの表情


連れて行ってくれたあの場所

景色、空気、香り、色、、


きっとそのどこかに

その時のエッセンスが残り香のような

もので形成されての今なのだと思います


それが良かったとか悪かったとかで

喜んだり苦しんだりするとか

そういうことなんじゃなくて、


やっぱり

良かったと思うこと

悪かったと感じたこと

その両方もなければ


今の自分の色は出せなかったと

そう思うと


なんだか愛おしいなぁ、、と



だからその事に感謝して


しっかりこれからも

その自分を活かしていけたらいいな〜


と、そんな風に思った


一周忌でありましたおやすみ



以上飛び出すハート



お読み下さりありがとうございましたほんわか