
司会事務所、アンクルカンパニーを設立して12年。
平成28年2月末をもちまして、お仕舞いとさせていただきます。
今までお世話になった皆様に、心より御礼申し上げます。
ありがとうございました
結婚、出産、就職、ご主人の転勤………
様々な人生の転機を迎え、うちのMC達もそれぞれ卒業していきました。
今の私は、今後人を増やすつもりもありませんし、みんながいてくれたから存続してきたアンクルカンパニー。
そのお役目を、もう十分果たしたと思いました
今日は長くなりますので、お許しくださいI
志波社長、と呼ばれ始めたのが28才の時。
自分が事務所を作るなんて、全く思っていなかった私が、なぜ社長をすることになったのか。
二つの理由があります。
一つは、周りから言われ始めたこと。
27才の頃の私は、司会者全盛期
一日に2件は当たり前、3件担当する日もあり、最高で1ヶ月に本番を30件やった時もありました。
いやぁ、今考えたらやるもんじゃないですよ(^o^;)
体は一つですから、どうしても同じ日にご指名をいただくと、お断りしなければならない時も多々ありました。
呆れる程働いていた時代、大変有り難いことにこんな声をいただくようになったんです。
「志波さんがもう一人いたらいいのに」
「志波さんみたいな人、育てたら?」
「あなたは、自分の子分を作るべき」
何人もからこう言われるようになると、全く思っていなかったのに
「え~?そう?そうかなぁ?ん~そうかもしれない……」
と思い始めるものです。
そんな矢先、私の人生で大きな出来事がありました。
それが二つ目の理由。
同い年の従弟が、ガンで他界したのです。
27才でした。
結婚し女の子が産まれ、まだ赤ちゃんの時でした。
彼の死はあまりにもショックで、お通夜や葬儀のために長崎に急いで帰る支度をしている時、シャワーを浴びながらお風呂場で声を出して泣いたことを今でも覚えています。
人間の一生って何なのだろう。
生き方って何なのだろう。
深く考えさせられました。
生きている、生かされている者として、自分ができることをやってみよう。
せっかくやってみたら?と背中を押してもらっていることがあるならば、挑戦してみてもいいのかもしれない。
彼の分まで、なんて大それたことは言えませんが、私ができる精一杯のことをやろうと思いました。
そして、同じアナウンススクールで知り合った同期二人と共にスタート
アンクルカンパニー 誕生です
今まで使ってきた代表の名刺は、うちの子達をどこにいても見守ることができるようにと、名前は縦書きにしていました

お客様に渡すMC用名刺は、みんなと同じ横書き。
この名刺ともさよならです
これまで、たくさんの司会者を育ててきました。
レッスンをし、オーディションに合格させ、デビューまでなんとか辿り着く。
泣いたり、笑ったり、一緒に切磋琢磨しながら、一人前の司会者になるよう見守っていく。
人を育てることで
自分も成長させてもらった
と、心から感じています

アンクル = くるぶし
くるぶしは、人の見えない所で人を支えている。
でも、そこがだめになると人は立てない。
司会者も同じ。
人の見えない所で披露宴を支え、それでいて存在感がないといけない。
そんな司会者を育てていきなさい。
当時お世話になっていた会場のK支配人に、名付けていただいた名前です。
私にとって恩人であり、一生頭が上がらない人です
Kさんにもらったこの名前のおかげで、12年間幸せな時間を過ごすことができました。
この12年間、私のような自由奔放な人間についてきてくれた、かわいいかわいいうちの司会者達
あなた達の喜びは、私の喜びでした。
みんなが出会う新郎新婦は、私にとっても大切な人達でした。
一緒にいっぱい笑ったね。
いっぱい泣いたね。
うちの子をよろしくお願いいたします!
そう言って、みんなのために頭を下げる喜びを知りました。
これは、私にとってかけがえのない財産です。
みんなの存在は、大切な大切な宝物です。
本当にありがとう
そして、アンクルカンパニーを応援してくださった、数えきれない程の関係者の皆様。
アンクルさんなら安心や
やっぱりアンクルさんやな
そう言っていただける度に、心の中で手を合わせておりました。
寛大な心で育てていただき、心から感謝いたします。
ありがとうございました
まだまだ言い尽くせない思いがありますが、あとは胸の内にそっとしまっておきます
「志波ちなみ」は変わらず、歌ってしゃべれる司会者として活動してまいります。
今後ともよろしくお願いいたします!
12年間の感謝の気持ちをこめて
ありがとうございました!
【司会事務所 アンクルカンパニー 】
おしまい
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