このコンテンツでは好き勝手なことをつらつら述べていきます。カテゴリーもテーマも一切なく、独断と偏見で“アンテナ”に引っ掛かる事柄を自己発信。ゆる~い感じでおつきあいください。

-----------------------------------------------------------------

今、私のとっても近い身内が離婚問題に揺れている。夫から再三の申し出があり、本人は許諾すべきかどうか迷っているという状態である。彼女には二人の子供がいて、一年前までは何事も無く平穏で満ち足りた家族だった。……と思っていた。しかし荒ぶる波が押し寄せるとそれらの裏側には、言い出すことの出来ない様々があったのだという。

酒、女、暴力、借金、鬱、病気……etc.

別れるときの理由は人それぞれであるが、大抵は上記にあげたような物が複雑に絡み合い、そして最後には「もともと性格が合わなかったの」と納得させ、終結するのだ。男と女が別れるというのは、女同士の喧嘩よりもずっと情に縛られていて底が深い。二人でどん底まで落ちていき、どうにか二人で這い上がってくるか、そのまま別々の道をロッククライミングしつつ光に向かってくるかのいずれかになる。

今まで許していたことが、ふいに許せなくなるというのはどういうことなのだろう。酒癖が悪いことや、少し傲慢で“女のくせに”理論を振り翳す部分なんかもなんとかネタにして周りに笑いを提供して発散していたのに、ある日を境にそれが出来なくなる。「愛がなくなった」と言う。

それは、いつか少しずつ疲弊していった心が、悲鳴をあげた瞬間なのではないだろうか。そもそも男と女というのは全く性質の違う二人がゴリゴリと合わない部分を削りあってまあるく(妥協)し、丸く出来ないところは見ないふりなどして上手にあしらいながら細く長く続かせるものなのだろう。疲れ果てて冷静に判断出来なくなった脳で、簡単に逃げだそうとしてはいないだろうか。

……ということを、離婚した私が偉そうにぶってても説得力は皆無!なのであるが、冷静に考えるとそうなのではないかなと思うのだ。私だって出来れば細く長く続けたかった。だけれども、結構周りがうるさいのだ。「そんなんだったら早く離婚した方がいい」とか、「離婚して慰謝料をとれ」とか「いつまでやってるの」とかとか。

そういうウルサい言葉に埋もれていくうちに、「それしかないのかな……」と思った自分がいたのも確かである。今の人生を悔やむつもりはまるでないけれども、ただひとつ振り返って思うのは、「たとえ駄目だったとしても、最後まで自分の意思でしっかり考えて、時間をかけて答えを探すべきだった」ということだけだ。

自分が『どうしたいか』を見失わないこと。もしそれが、疲れ果てていてあるいはコンヒューズしていて正しく判断出来ないのであれば答えを急がないこと。エネルギーが満たされるときを待つか、必ず時が答えを導き出してくれる瞬間がやってくる。無理に何かを得ようとしたり、逃げ出そうとしたりするのは得策じゃない。

知り合いに、10年別居を続けて11年目に子を生した夫婦がいた。「あそこはいつか離婚するだろう」という言葉すら、いつしか風化しつつある年月を経て、再生したのだ。そんな例もある。夫婦の形を作るのは、その夫婦でしかない。終焉のタイミングも、全て彼らに任されているのだ。周りは静かに見守るしかない。


written by YUKAKO