欠乏感じゃなくて欠乏思想 | 夢はなくとも 希望はなくとも 

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バカバカしくて
どうでもよくて
笑えるかもしれないけど
全く役に立たない意識低い系ブログです

「すでに学んできた人たち」

 

 

どんなことでもそうですが

僕たちは

「今あるもの」を使ってでしか

何かをやることはできまへん。

 

 

「今あるもの」を使って

何を作っていくか

何をしていくかを考えて

実行していくことが

とっても大事なのですが

多くの人は(オレもな)

「今ないもの」を手にしよう

動いてしまうものです。

 

 

ウエダミツトシです

こんにちは

 

 

スタート時点からして

間違えている。

 

 

「今あるもの」を使って

できることがたくさんあるのに

「今ないもの」を手にしようとして

それを得るための行動を

先にしてしまうので

先延ばしにしてしまうのです。

 

 

たとえば

資格がないとできないことなら

それを先に取得することは必要ですが

そうではない場合でも

何かをするために

「今ないもの」を手にしようとして

実現を

自ら先延ばしにしてしまっています。

 

 

その人たちに共通する価値観というか

これはもう

思想になっていると思うのですが

 

足りない

 

と思っているのです。

 

「あれがない」

「これもない」

 

「だからそれを手にしないといけない」

 

そう思い込んでいる

その考えに取り憑かれている

と言ってもいいと思います。

 

 

「今あるもの」でできるのに

自分には足りないと思っているのです。

 

 

これが

そもそもの間違い。

 

 

「今あるもの」を使ってできることが

本当はたくさんある。

 

 

それをやってみて

それでもやっぱり

「あれが必要」というのなら

それを手にしようと動いてもいい。

 

 

でも

ほとんどの人は

無自覚に

「あれがないから手にしないといけない」

と思い込んでいます。

 

 

自分にはないという思想を持っている。

 

 

そこから始めていくから

実現するまでに

時間がかかるというか

どんどん

先延ばしにしてしまって

それで

 

「やっぱり私には無理です」

 

と言う。

 

 

断言するけど

 

それ、間違ってます。

 

まず

やってみないことには

何もわからんし

「今あるもの」を使って

できることだって

たくさんあるはずです。

 

 

それをしないで

「自分にはないから」と思って

それを手にしようとする。

 

 

でね

そういう思想を持っていると

どうなるかというと

たとえ

新しい「何か」を手にしたとしても

また同じことを言うのよ。

 

「まだ足りない」

 

って言うんだよ。

 

 

そうやって

引き延ばすのです。

 

 

そして

手にしていないという現実を体験して

 

「やっぱり私にはない」

 

と言う。

 

 

いやいや

そういう現実を体験したいのであれば

それでいいんですけど

そうじゃないでしょ。

そういう思考パターンになっていることにも

自分で気づいてないでしょ。

 

 

何かをするには

先に

「ないもの」を手にしないと

それはできないと

思い込んでいる。

 

 

これって

もはや思想だよ。

 

 

欠乏感じゃなくて欠乏思想。

 

 

そういう信仰にすらなっている。

 

 

いいですか。

事実を言うぜ。

 

 

僕たちは何も欠乏していない。

 

 

何も欠けていないし

何も足りていないなんてことはないし

何も劣ってなどいないのです。

そう思っているだけ。

 

 

まんまと騙されたな。

 

 

誰に騙されたかは知らんけど

先に

欠乏思想に取り憑かれた人たちに

まんまと騙されて

欠乏教の信者になってしまって

間違っていることを

「正しい」

思い込まされてきたわけですわ。

 

 

そもそもの話をするよ?

 

 

僕たちは

一人ひとり違う存在なのに

なんで

その違う生き物だちと比較して

「あれがない」

「これがない」

「あれができない」

「これもできない」

なんて言う必要がありますか?

っつー話なのです。

 

 

それ、いるぅ?

 

 

いらんよ?

その比較いらんのです。

いらんというか

全くのナンセンス。

 

 

鳥と魚を比較して

違いを理解するのならいい。

 

 

ただ

鳥が魚に向かって

 

「お前、空飛べないのかよ。

 だっせーな」

 

と言っていたとしたら

きっと

鳥に向かって

こう思うと思うよ。

 

「お前、アホなん?」

 

と。

 

 

元々

空を飛ばない生き物で

水の中を泳ぐ魚に対して

空を飛べないことを

 

「だっせーな」

 

と言う鳥の方が

ださいわってなりますよね。

 

 

それと同じことを

僕たちはしているのです。

 

 

意味のないことをして

比べる必要のないところと比較して

「これがない」

「あれもない」

と言って

勝手に欠乏していると

自ら思い込もうとしている。

 

 

何、それ? おいしいの?

 

 

って話ですわ。

 

 

比較する対象が

自分と全く同じ遺伝子を持って

同じ環境で育ち

同じ条件であるのなら

比較してみても

いいかもしれない。

 

 

それにしたって

意味ないと思うけど

それなら

まだ理解してやってもいい(上から)

 

 

でもそうじゃないでしょ?

自分とは別の存在と

自分とを比べて

「自分は欠けている」と思う。

 

 

それ、ただの思いこみだわ。

勘違い。

認識が間違っている。

 

 

その間違えた認識のままで

進んでいこうとするから

壁にぶち当たるのよ。

 

 

そういう意味では

その壁って

 

「その認識間違えてますけど?」

 

という壁からのメッセージです。

 

 

つまり

僕ですね。

 

 

壁と言えば僕

うえさま=壁男ですから。

 

image

(な、なつかしい……)

 

 

僕たちは

欠乏思想という

間違えた教義を教えられて

それを「正しい」と

思い込まされてきたのですが

断言しよう。

 

それは間違いです。

 

僕たちは

何も欠乏など

していません。

ただ、そう思っているだけです。

 

 

そして

そう思っている通りに

現状を認識しているので

欠乏している状態が

真実かのように

感じているだけです。

 

 

「すでにある」って言われても

よくわからんかったよね?

理解できなかったっスよね?

それはね

この欠乏思想が

邪魔をしていたのです。

 

 

「すでにある」っていうのは

今この瞬間に

たとえば

「お金がある」ってことではなくて

それを手にする

手段も

助けも

アイディアも

環境も

全部揃ってるよ

という話です。

 

 

だから

それを使っていけば

ちゃんと手にすることができるよ

って話で

「すでにある」と思えば

すぐにそれが

目の前に現れる

みたいな魔法の話を

しているんじゃないのです。

 

「今あるもの」を使え

 

って話です。

 

 

「お金がある」って思うっていうのは

「お金」そのものがあるのではなくて

それを得るための手段やサポートが

手元にあるよってことです。

 

 

わかるかな?

 

 

欠乏思想に取り憑かれていたら

理解しがたいかもしれんけど

そういうことなのです。

 

 

スピ系の情報に触れて

「すでにあると思え」って

言われたら

それは

 

「今あるものを使え」

 

ということと理解しましょう。

 

 

ないものを探して

それを手にしようとせんでもええ

っていう話です。

 

 

だから

「すでにある」ってことを理解するのに

「欠乏している」という認識を

引き算しなはれっていうことなので

まずは

その洗脳から

解かれないといけないのです。

 

 

もっかい言うで。

 

 

なんも欠けてねえから!

 

 

足りないものがあるのではなくて

「足りないものがある」と

思っているだけなのです。

 

 

実際は

「今あるもの」でなんとかなる。

なんとでもなる。

それを知って。

 

 

漏れなく全員が

欠乏教の思想に染まってしまってます。

洗脳されている。

 

 

それを解いていく鍵が

「今あるものでなんとかする」

です。

 

 

ないものを

手に入れようとしなさんな。

今あるものを使え。

 

 

それで十分

生きていけっから

心配すな。

 

 

すな。

 

 

《終わり》image

 

 

 

 

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