さて前回のブログで持ち越しといたしました、
親との関係を解決させることは、
人生において
どんな試練をも上回る大きな課題であり、
どんな成功をも上回る幸福感をもたらします。
ですので、結婚云々を超えて、
是非とも解決していただきたいものです。
次回は、ちょっとそのヒントになるかもしれない
私が家族を尊敬できるようになったエピソード
と、
解決させられるかもしれないあれこれ
をご紹介させていただきたいと思います。
と言うのも、
僕が尊敬している師匠たちは例外無く、
この親との関係が人生において大切だとおっしゃいます。
哲学博士 出口光さん

心理カウンセラー衛藤信之先生
てっぺん 創業者 大嶋啓介さん

僕は24歳から出口光さんのところで学ばせていただいており、
いくつもの研修を通じて親との関係を見直させていただきました。
ある研修で、
光さんは参加者にこう問いかけました。
「親から受け継いだことは何ですか?
好きになれなくてもいい。
尊敬できなくてもいい。
親から受け継いだことは何ですか?」
僕はその時、
当時キライではないけど、
尊敬できないでいた父を思い浮かべました。
父は、国立大を卒業して、日立製作所に勤めていました。
僕でも知っているような
一流企業で働く父を、僕は誇りに思っていました。
それが僕が小学校5年生のときに、脱サラをして、
地元茨城の牛久駅でバーをOPENするのです。
それがちっとも流行らず、
わずか5年で閉店…。
そこから父はパート勤め。
母が保険に勤め、家計を支えました。
そんな父を僕は、
「自分のやりたいことを貫いた
父のことは好きだけど、
結局事業に失敗をしたことは尊敬できない。」
と思っていました。
そんな中、
その研修のときに改めて父を思い、
僕は合点が行かないことに気付きました。
「父はどうして失敗を選んだんだろう?」
と思ってみたのです。
お店がうまくいかなくても、
父はちっともあがきませんでした。
チラシを刷って、町中に配ることもしませんでした。
営業活動は0に近かったのです。
父はうまくいかなかったのではなく、
表面的にはうまくいかなかった道を
自ら進んで選んだのかも・・・?!
それも、
息子から尊敬されることを失ってでも、
ある生き方を選んだ…?
その時、僕は
明治維新後の侍を思い浮かべました。
明治維新後の一部の侍は、
刀を奪われ、仕事も無く、
きっと生活にも困ったであろう。
それでも誇り高く、侍として生き抜いたであろう。
思えば父も、
東京新宿育ち、
大学生の頃から行きつけのバーがあって、
そこには、
都会の若者が毎日たむろしていて、
「ていちゃん」というマスターが彼らに酒を振る舞ったのだ。
彼はそのお店のセンスを
茨城の田舎に持ち込んだのだ。
父は茨城の「ていちゃん」になりたかったのだ。
たしかにていちゃんなら
絶対チラシは配らなかっただろうなぁ…。
ただそのスタイルが茨城では
受け入れられなかっただけなのだ。
そんな風に思ったら、
父が自分のやりたいことばかりやって
結局事業に失敗した男ではなく、
幕末の侍のように、
自分の信じた生き方、カッコ良さを貫いた
伊達男に見えてきたのです。
そして、
その生き方は、
美容業界におけるこれまでの時代の流れを全く無視して、
「らしさが美しい」を文化にすべく美塾を立ち上げ、
ちっとも流行らないのに、少しもスタイルを変えようとしない
自分とそっくりだったのです!!
受け継いでいるにもほどがありました苦笑
この見方の変化は僕にとって天と地ほどの
違いがありました。
その自分の中での違いがあってから、
さらに親との関係が劇的に変わる、
信じられない出来事が起こったのですっ!!
ある日、
父から
「おい、来週の木曜日空いているか?」
と聞かれました…。
