この記事の続きです👇️

✰✰



🌳お昼ご飯


さて、せっかく舞鶴に来たのだから、美味しいお魚を食べたい🤣

前回は舞鶴のホテルでカニや海軍カレーを食べましたが、今回はお魚でしょー🤣

オットが調べてくれてたので、そこを目指しました。

ナビにセットしてうまく行けたんだけど、、、


CLOSED


ノ看板がお店の前にドーン💥

ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!

定休日は水木なのよ?!

ところが、今秋に限って月曜から木曜まで休みだった😱😱

たぶんあれかな?

GW中休みなかったのかな、、、

メッチャショック😱😱

仕方ないのでもう一件、そこは西舞鶴と東舞鶴に店舗があったので、西舞鶴の方に行ってみたら、、、

全然違う場所に連れて行かれた😱

なんなのよ〜💦💦

ラスト、東舞鶴のお店へ。

なんかもうね、おんなじ所何回通ったかしら💦

でも、なんとか無事に12:48に到着。

舞鶴魚料理「魚源(ととげん)」さん




なんか、店構えから良さげな感じじゃないですか?

でもなんかお高そう🤣

予約もしてなかったんで「いけますか?」と聞いたらOKでした。

お座敷、カウンター、テーブル席を選べて、テーブル席にしました。

お客さんは数人、あれ、大丈夫かな?😅


メニュー


尾道で入ったお店より高い🤣🤣

海鮮丼🍜もあったんだけど、バランス的にどうかなと思ったので、定食にしました。

お造り定食(ワタシ)

魚源御膳(オット)

ちなみにお造りの盛り合わせはこんな感じ。


エビ、タコ、サーモン、ハマチ、タイ、マグロ、あとひとつなんだろう?

サーモンの上(エビの右横)に乗っかってるやつ。

流石に盛り付けも綺麗だなあ。

オットも美味しかったそうです。


あとで知ったんだけどね、遊覧船乗ってた時、そう言えば関西ローカルの「よ~いどん」のいきなり日帰りツアーで去年の12月頃舞鶴を放送してたのを思い出したんです。

関西のおばさん二人組ないし三人組を連れて麒麟の田村さんが色んなとこ観光してランチやディナーを楽しむんですが、時期が12月でかに尽くしでした。

それがなんとお一人様44000円だったのにびっくりしたんですが、それがこのお店だったみたいです🤣

美味しく頂いてきました。



🌳舞鶴引揚記念館


お昼ゴハンのあとは、舞鶴と言えば、、、


✰✰



昭和20年(1945年) 第二次世界大戦が終結し、旧満洲(現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。
これらの方々を速やかに日本へ帰国させなければならなくなり、“引き揚げ”が開始されました。
呉をはじめ順次18港の引揚港が全国につぎつぎと設置され、舞鶴もその役割を担うこととなり、主に旧満洲や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・復員兵を迎え入れる港となりました。


ワタシはあんまり知りませんでしたがオットが知ってました。


でも、二葉百合子さんが歌った「岸壁の母」は知ってました。


 

「岸壁の母」は、もともとは戦後に作られた歌や歌謡浪曲の題名です。

 実在の女性・端野いせさんの体験をもとにしており、ソ連に抑留された息子の帰りを信じて、舞鶴の港の岸壁で何年も待ち続けた母親の姿が描かれています。

この歌は、戦争で子どもを失った、あるいは帰還を待ち続けた多くの母親の気持ちを象徴する作品として広く知られるようになりました。


改めて歌詞を見たら泣けてきます😭

この曲、こんな意味だったのね。




「ラーゲリより愛を込めて」

これは観ました。

何にも知らない状況でだいぶ前に見たんだけど、これ感動しました。

ラーゲリとは「収容所」のことだそうです。

ソ連の強制収容所を指すロシア語「Лагерь(ラゲリ/ラーゲリ)」で、日本では特に日本人捕虜が抑留された収容所の呼称なんだって。




なんか、胸が痛くなる😭


なんで万歳なんだ💢

でも、そんなこと言ったら憲兵に怒鳴られ殴られ、逃げようもんなら銃殺とか😱


収容所での食事の様子

本当に少い配給を喧嘩にならないよう手作りの天秤で平等に分けてたんですね。

映画でも観ました。

それからこれ。

丸太の持ち上げ体験コーナー。


こんなのも。



ラーゲリから引き上げてきた人たちを手厚く迎え入れていた「引き揚げの母」と呼ばれる方もいたそうです。

戦後の海外引き揚げで舞鶴港に戻ってきた引揚者たちを、先頭に立って温かく迎え続けた舞鶴市民を象徴する女性・田端ハナさんを指す呼称なんですって。


なんとも言えない気持ちで記念館を出ました。

正直な気持ちとして、こんな時代に生まれなくてよかったっていうのと、こういう人たちがいたから今の日本があるんだなと、感謝の気持ちもさらに湧いてきました。




🌳引き上げ記念公園/展望台


引揚桟橋を見下ろせる展望公園と言うのがあるというので行ってみました。

    

昭和45年(1970年)「岸壁の母」の舞台となった舞鶴引揚援護局跡地を見下ろす丘陵地に、引揚記念公園が整備されています。
公園駐車場の奥にある階段を登った先にある展望広場では、「平和の群像」や、「異国の丘」「岸壁の母」の歌詞を刻んだ歌碑などが静かに佇んでいます。
展望台からは引揚桟橋やクレインブリッジなど、舞鶴湾の景色を一望できます。




ここから上がっていきます。

、、、だ、大丈夫かな😅



階段と言ってもこの程度なら😅

それでも心拍数113位まで上がりましたけど🤣

両脇の木は八重桜🌸だそう。

桜並木群(八重桜)
頂上広場へと続くこの園路沿いには、遠い異国から舞鶴へ引き揚げてこられた方々をはじめ、その親族、関係者などにより八重桜が植樹されています。恒久平和を願って植えられたその数は、100本を超えています。
毎年4月中旬から下旬にかけて咲き誇る八重桜の並木道。 
桜の成長と共に平和な時が刻まれてます。

ラスト、階段を通るか、回り道して坂道を通るか、当然坂道🤣

【平和の群像碑】


【異国の丘・岸壁の母の歌詞】

【望郷慰霊の碑】

この碑は両手をあわせた祈りの形をあらわしており、異国の土となって帰国を果たせなかった人々の御霊を慰めると共に、恒久平和への祈りをこめて、抑留体験者の団体である朔北会(平成16年解散) の会員並びに有志により建立されました。

舞鶴に上陸した引揚者の7割は、 方針盤が示す方向に約860km離れたナホトカ港で乗船し、 約3日かけてやっとの思いで帰還しました。

その方針盤がこれ。


そして、、、



昔、引き揚げ桟橋があった所が見えます。


ホントはね、復元桟橋があったんだけど、ワタシはこの橋と勘違いしてしまい、、、


ここね。

ワタシがいたのは真ん中の「引揚げ記念公園展望台」でした😭


ここに行けばもう少し身近に感じられたかもなあ。

残念。


という事で、最後の目的地に向かう事に。


🌳舞鶴港とれとれセンター


✰✰



ここは、朝トイレ休憩に寄った所です。


ナビ通りに行けば簡単につくはずだったのに、海沿い走ってたら途中で渋滞。


なんで?と思ったら、前を走る車が全てUターンして戻ってくる😱



この写真でははっきりわからないけど、道の先で赤いくるくる🚨が回ってる車(多分パトカー🚔️)や、あっち向きこっち向きしてる車が停まってる。


事故か、、、


仕方ない、同じようにUターンして別ルート探してもらうかと走ってたら、結構走ってからまた同じ道に戻そうとしてた😱


なので無視して真っ直ぐ行ったらなんとか到着しましたが、多分30分くらいはロスしたかな┐(´д`)┌ヤレヤレ


まっすぐ前見て走ってたら事故なんか起こらんやろーにね。



16時頃無事到着。


市場の中をグルーっと歩いてみました。


もうほとんどお客さんはいなかったけど、新鮮で美味しそうな魚介が並んでました。


その中でも牡蠣🦪


殻をむいて生のままポン酢が何かをかけて今すぐ食べられるのがあったんだけど、これがまた大きな牡蠣でね🤣


でも、ちょっと怖かったので辞めました😅


1個800得んでした(少し小さめは600円)。


ホッケも美味しそうだったな〜。



とりあえず何も買わず外に出て、ローソンでお茶と広島産レモンのレモンケーキかレジ前に置いてあり、入荷未定みたいな感じの希少商品みたいだったので買ってオヤツにしました。




まあたまにはいいでしょ🤣


🌳夜ご飯は


これで目的はおしまい。


あとは帰路に向かってただ走るだけ。


何とか眠らないよう助手席でオットと話したりして車中を過ごし、晩ごはんどーする?となりまして(笑)


お昼に少しいいものを食べたので、夜はマクド🍔でいっか🤣🤣


いつも18時頃食べるんだけどちょっと無理だったので、19時頃食べられるようお店を探し、小野市あたりのマクド🍔で食べました。


いつも食べるエグチがなくて、倍エグチ🤣


いつものエグチにビーフパティがもう1枚!


ボリュームありました😅


セットはサラダでドリンクは爽健美茶。


サラダのドレッシングはゴマで半分使用。


夜はカフェイン摂りたくないのでこれしかなかった💦


昼間にセブンコーヒー2杯飲んだしね。   



ということで、、、


美しい景色、舞鶴の歴史、爽やかな海の風を感じ、そして美味しいお魚料理。


日帰りでも十分楽しめました。


次はどこに行こうかな🤣




ではまたね👋👋