嫌な人がいる
苦手な人がいる
嫌な出来事があった
周りの人にイライラしてしまう
これらは、あなたのジャッジが多いせいで、集めてしまっているかもしれません。
このレポートを読むと、ジャッジがやめられて、心の辛い痛みが解消されるかもしれません。
ジャッジ(裁く)を止める
- 正しい
間違い
- 良い
悪い
- べき
という考え方を外していこう。
「ジャッジ」を別の表現すると、「偏り」
「ジャッジ」を別の表現すると、「偏り」
偏り(かたより)は、肩こり(かたこり)と似ている。
肩こりは、どこかの筋肉が引っ張ってたり、硬くなってたり、緊張している。
肩こってる人の肩を揉んでも効果がない。
肩を凝らせてるところをゆるめないと治らない。
これを、心で言うと、
- 否定 ああいうことはしてはいけない
- 抑圧 あれがバレてはいけない
- 禁止 ああいうことをしてはいけない
- 執着 これは絶対に手放せない
- ねじれ あの人のことは絶対に許せない
- 歪み これが絶対に正解なんだ、絶対に素晴らしい
偏っていると、痛み(嫌な人、苦手な人、嫌な出来事)が生じる。
心の偏りを緩めていこう。
“常識”を破ろう
ジャッジ = 裁き = 自分の法律
自分の法律は、これまでの経験や、人からの教えで作られている。
これは、自分が二度と辛い思いをしないように、自分を守るために作った。
法律は良くできていて、人が恨みに思うことをやらないように決めてある。
例えば
詐欺
殺人
しかし、法律を守りすぎると身動きがとれなくなる。
例えば、企業でいうと
コンプライアンス
個人情報
ルール
就業規則
これらにうるさい会社に勤めている人は、自分の法律が多いと思っとく。
会社に限らず、家の中などでも、うるさい姑や、夫がいるなどの場合も、自分の法律が多いと思っとく。
自分の法律を知る質問
例えば
- 話を途中で遮られた
- 既読スルー
- 自慢する人
ここで考えて欲しいのは、イラっとしてるとき
- 悪い人
- いい人
がいるけれど
物事を考えるときは、頭に、「自分にとって都合の」をつける。
- 自分にとって都合の悪い人
- 自分にとって都合のいい人
例えば
- 「あなたなら出来るよ」と応援された
- 素敵なレストランで食事をした
- 楽しい会に参加した
- 褒められた
自分の価値観に合うものは嬉しい。
つまり
「いい人」は、自分の価値観に合ってる人
「悪い人」は、自分の価値観に合ってない人
Q1で、あなたは何が「正しい」と思っているからイラっとしたのでしょう。
例えば
- 話を途中で遮られた → 話は最後まで聞くべき
- 既読スルー → 無視してはいけない、ちゃんと返事をするべき
- 自慢する人 → 自慢してはいけない、謙遜するべき
「べき」をもってると、そのポイントでイラッとする。
「羨ましい」と思ってみる
イラっとした出来事を起こした人を、「羨ましい」と思ってみてください。
イラっとした行動を、私がしていると想像してみてください。
それできますか?
出来ないことは、「怖いこと」です。
- そんなことしたらキラワレル
- そんなことしたら評判落とす
- そんなことしたら怒られる
怖い時に人は怒る。
最終的には、独りぼっちになるのが怖いようです。
自分が、「べき」って出た時は、自分の本音に嘘をついたときです。
「正しい」はない
正しいものはなくて、間違ってるもない。
ただ、
自分が正しいと思うは、ある。
自分が間違ってると思うも、ある。
で、
私の「正しい」は、世間の「正しい」と、≠イコールではないということ。
私の「正しい」は
親の教えであったり
過去の辛い体験から作ったものであったりするわけです。
人の数だけ、「正しい」がある。
していけないことはない
正しいはない = していけないことはない
正しいか、正しくないかではなくて
私がそれをしたいのか、したくないのか。
私がそれをしたかったら
私がそれをしたくなかったら
常識を覆してほしい。
「あ、いいんだ」を口ぐせにする
- してもいい
- しなくてもいい
「あ、いいんだ」と言って、常識を覆す。
ちゃんと言う
「正しい」、「正しくない」をちゃんと言うのではなくて、
- して
- やめて
をちゃんと言う。
「私それ嫌」って言おう。
「私それ嬉しい」って言おう。
心がねじれている時は、「嫌」って言いたくないから、分かってほしくてモジモジする。
分かってほしくて態度で表そうとしたり、拗ねた言動をしてみたりしても、相手に伝わらなかったら、何をしていくか、、、
自分が酷い状況に落ちていく。
酷いこと言われたり、酷い目に合って仕事変えたりすれば、気付いてくれるだろうと、自分を酷いところに落としていく。
言ってその通りになるかならないかは、相手次第
自分が言って、その通りになるかならないかは相手しだい。
結果は別の話と、切ってほしい。
言わずに相手を悪者にするのか
言わずに拗ねるのか
叶おうが叶うまいがちゃんと言おう。
「怒鳴る人」 と 「怒られる人」は根っこが一緒
「怒鳴る人」は、実は自分に自信が無い人
常に自分に自信が無いから
常に心の中に不安と怖れを持っている。
だから
周りの人が自分をバカにしてるんじゃないか。
裏切るんじゃないか
無礼なことするんじゃないか
だますんじゃないか
殺しに来るんじゃないか
って、常に周りを見張っている。
見張っている人は、周りの人がみんな自分のことを見張っているように思う。
これを「犯罪者モード」という。
で
あいつ俺のことバカにした
あいつのあの態度はバカにしてる
俺の言った指示通りに動けないのはなめてんだ
っていう風に、そういう目で周りをみている。
不安と恐怖に包まれてるから怖くて吠えてるの。
「怒られる人」は、常に怒られるんじゃないかと不安と恐怖を抱いてる
つまり、不安仲間。
不安と怖れを攻撃という形で自分を守るのが、「怒鳴る人」
不安と怖れを暴挙という形で小さくなって我慢するのが、「怒られる人」
不安の表現方法が違うだけ。
お互いに、どうすればいいか
「怒鳴る人」は、怒鳴りたくなる相手がいた場合
- あ、怖いんだなぁ
- 不安なんだなぁ
と思ってみてください。
「怒鳴られる人」は、怖い相手に
- 怖くないよ
- バカにしてないよ
- あなたは怒らなくても立派だよ
- あなたは大事にされてるよ
と、心の中で優しい声をいっぱいかけてあげてほしいの。
私(Spark)が最近イラっとしたこと
最近、リメイクにはまって、古布で布ぞうり作りました。
作り方は、YouTuve動画を参考にしたのですが、とある動画をみながらイライラしていました。
作り方を説明している方が、と~っても優しい口調で、ところどころに
「わかるかなぁ?」
とか
「出来るよね?」
っていうのが、癇に障って仕方ありませんでした。
他のチャンネルにしたいくらいだったのですが、一番参考になる作り方だったので、何度も再生しました。
再生するたびに
「わかるかなぁ?」
「出来るよね?」
が出てくると「イラッ
」ってしていました。
この時に、私の心の中の叫びは
- うるさいな
- 分かるよ
- 出来るよ
- 子供じゃないんだから
- 子供にだってこんな言い方失礼だ
- 最初から出来ない前提するな
- バカにするな
って言ってました。
動画には何の罪もありません![]()
私は、バカにされていると勝手に感じて怒りがでたのです。
このことから導きだされた私の法律は
- 人を馬鹿にしてはいけない
- みんな対等に接するベキ
- 子ども扱いしてはいけない
だったんだなーと思いました。
ジャッジがやめられなくてしんどい方
カウンセリングで、Sparkがあなたの法律を一緒にあぶり出します。
【コミュニケーションは自分で選ぶ】
カウンセラー・アサーショントレーナーのSparkでした。
自信を持って働きたい看護師さんのための、ストレス対策カウンセリング
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