今回の参詣は、文京区本郷の金刀比羅宮東京分社へ。
ここは都営三田線「水道橋駅」より東へ100メートルほどのところ、白山通りを挟んで東京ドームが目の前にあります。
当社は香川県にある本宮の金刀比羅宮の境外末社ということで、東京都の宗教法人名簿には登録されていません。
都内には大小幾つも金刀比羅神社があり、中でも虎ノ門金刀比羅宮は大きく壮麗な神社ではありますが、当社の方が正式な金刀比羅宮の分社となっています。
手水
狛犬の手前右側にあります。自然石を使った綺麗な手水ですが、裏側に回れないので奉納年などはわかりません。
狛犬
左が吽形で角があり子抱きですが、乳飲み子にも見えます。右が阿形で抱えているのは表面がつるんとしていてひょっとしたら孕み腹かも知れません。子抱き・乳飲み子・雄印・雌印がある狛犬はよくありますが、身ごもった産前の姿を現した狛犬というのは散々神社めぐりをしていても初めてです。
じっくり見たいものですが、茂みが多くて近づけないのが残念です。台座部に刻まれている文字は、一部欠けがありますが「嘉永二年歳 次己酉秋八月」と読めます。西暦では1849年。
当社の御由緒によれば、当地が旧讃岐高松松平家の屋敷地だったところで、その邸内社であった「水道橋金刀比羅神社」と越中島近くの「古石場金刀比羅神社」が合祀されたといいます。
祭礼は5月19・20日に催行されるそうですが、屋台が開かれるようなお祭りなのか、神輿渡御があるのか、情報が無さすぎてわかりませんでした。2月の節分では佐渡ヶ嶽部屋の力士による豆まきがあるそうです。
古石場金刀比羅神社
江東区の富ケ岡八幡宮の南側、古石場・牡丹地域には、金刀比羅神社が無いのに「琴平通り」というのがあって、調べてみたところ関東大震災までは神社があって賑わっていたということでした。それ以外、由来も旧鎮座地や廃止後どうなったのかといった情報が全く見当たらなかったのですが、もしかしたらかつてあったのは合祀前の当社のことかもしれません。
由来
文政二年(1819)に板橋市左衛門の邸内祠として創祀られ、明治二十一年(1888)、金刀比羅宮の境外末社に加えられたといいます。明治二十三年、神田和泉町から深川古石場町に移転、「深川のこんぴらさん」として親しまれるも、昭和二十年(1945)、戦災で焼失。昭和三十九年に、讃岐高松松平家の邸内社として奉斎されていた水道橋金刀比羅神社と深川のこんぴらさんを合わせ祀り、当地に遷座されました。
絵馬所
近所の桜蔭学園合格祈願や、こんぴらさんなので海運業や海上安全の祈願が多いようです。境内にある灯篭も銚子港の漁師からの奉納でした。
水道橋稲荷社
当社は金刀比羅宮東京分社の隣に鎮座しています。小さいながらも鳥居や玉垣や燈籠があって立派な造りです。
15年以上前に当社のことを知ったのですが、金刀比羅宮東京分社の御由緒には当時から稲荷社の説明は無く、摂末社なのか単立なのかずっと不明でした。「水道橋」を冠する稲荷社ですから、元々この地域にあった稲荷社だとは思いますが、本末関係にあるのかがわかりません。
しかも稲荷社の位置が金刀比羅宮の境内の外、駐車場を挟んで別途神域を囲って鎮座されています。摂社や末社にしてはちょっと他人行儀な距離感ですが、金刀比羅宮東京分社のウェブページには祭神が大物主神と並んで倉稲魂命と記載があるので、おそらく境内社だろうと思われます。
写真はすべて2018.08.14 撮影
備考
社号 金刀比羅宮
祭神 大物主神・倉稲魂命
創建 文政二年(1819)
祭日 1月10日初十日祭、2月3日節分祭、
5月19・20日例祭
末社 水道橋稲荷社
社務所 ご祈祷受付有
所在地 東京都文京区本郷1-5-11
その他 金刀比羅宮の東京分社











