今回の参詣は、新宿区河田町から同区高田馬場まで、およそ5kmの道のり上にある11社を巡ります。11社目は高田馬場の諏訪神社へ。
当社は前回掲載の玄國寺のお隣にあります。
西早稲田や高田馬場から近く、早稲田大学や学習院女子大がある以外、周辺のほとんどが住宅地といったエリアです。
新宿にあると思えないほど大きさです。
当社は弘仁年間(810-824)に公卿小野篁によって創祀されたと伝わる神社です。特筆すべきは、源頼義・義家親子、源頼朝、十代将軍徳川家治、明治天皇といった歴史上の偉人が当社を訪れています。
手水舎
鉢の前面に「講中 諸願成就」と講員十四の芳名、「享保四己亥天 十二月吉日 武州豊嶋郡諏訪村」とあります。享保四年は西暦で1719年。
また後ろの掲示には「諏訪の靈泉 この水は昔から諏訪神社の境内よりこんこんと湧き出ている靈泉です。現在は動力で汲み上げていますがお諏訪様は龍神(水神)としての古い信仰があり、特に眼病に效があり、又諸病にもごりやくがあると云い伝えられています。だいじにお使い下さい。猶少年犯罪を誘発するので、水鉢に投銭し奈いで下さい。お氣持ちは本殿賽銭箱へ。」とあります。時代を感じる優しい文章です。
狛犬1
左が吽形で右は阿形。持ち物はありません。
狛犬2
こちらも左が吽形で右が阿形。持ち物はありません。
台座部には「戸塚村世話人」として五人の芳名、「諏訪村世話人」として三人の芳名、「西大久保村世話人」として十一人の芳名が刻まれています。奉納年の確認はできませんでした。
御由緒 境内掲示より字まま
東京市淀橋區諏訪町鎭座 諏訪神社
祭神
武御名方神 大國主神 事代主神
大祭
二月二十七日 祈年祭
九月二十七日 例大祭
十一月二十七日 新嘗祭
中祭
一月二十七日 五月二十七日
小祭
毎月二十七日 月次祭
恒例祭
六月三十日 十二月三十一日 大祓式
由緒
鎭座ノ儀ハ弘仁年中從三位左大辨小野篁朝臣
祭祀ト言承和年中眞雅僧正再營ト言永承年中
源頼義父子奥羽征伐ノ時祈願有テ凱陣ノ節武
器ヲ納ム人皇八十二代後鳥羽院御宇文治五年
春源二位賴朝郷奥州發向ノ時祈願有テ凱陣ノ
後社殿造營ス應仁三年春太田持資再營ト言寛
永年中將軍家光公再營ス明和年中將軍家治公
鷹狩ノ節御成有之當社ノ神ヲ御城庭ヘ遷座ノ
上意ニ付紅葉山吹上兩御庭ヘ遷祭ス天保十二
年松平出羽守ノ依賴ニ因テ赤坂邸内ヘ遷祭ス
射的砲術天覽トシテ明治天皇御幸ノ節當社ヘ
神酒鴨ヲ被献明治四十年當社修繕ノ際近衛各
聯隊ヨリ金品ヲ寄附セラル同年五月幣帛供進
神社ニ列セラル
新編武蔵風土記稿 豊島郡之三より
諏訪社 八幡、辨天、天滿宮、不動、藥師、觀音を相殿とす、當村及戸塚村、大久保百人町、西大久保村等の鎭守なり、例祭九月廿七日、緣起は附會の説なれは略す、末社 上諏訪 下諏訪 神樂殿
扁額
隷書のような字体で「諏訪宮 佐文山」とあります。
江戸時代初期の能書家・佐々木文山による揮毫です。先日掲載の抜弁天には、文山の兄佐々木玄龍の揮毫による額縁がかつてあったとされます。この近くにゆかりのある人物だったのでしょうか。
絵馬所
このデザイン、本社である信濃国一之宮の「諏訪大社」に、鹿にまつわる因縁がいくつかあり、それに因んだものでしょうか。
有名な諏訪大社『御頭祭』では、75もの鹿の首を捧げる御贄鹿というのがあり、神話においては諏訪を統治していた洩矢神(藤の枝を持った建御名方神に降伏して国を譲る神)の御子神の名が「千鹿頭神」といい、建御名方神との力比べに勝利して神武天皇を助けた建御雷神は鹿島神宮の祭神です。
広大すぎて土地を持て余しているように見えてしまいます。木々が豊か。
本社殿右側のここには神楽殿や町内神輿の神輿庫らしき建物が並んでいます。
神輿庫
本社殿左側。「校倉造り(あぜくらづくり)」という奈良時代から伝わる宝蔵の様式で造られた神輿庫で、正倉院・二月堂・手向山八幡宮・唐招提寺(いずれも奈良県)がそれに当たるそうです。コンクリートで建造された校倉造りは全国でも当社にしかない貴重なもののようです。
稲荷大明神
神輿庫の左隣に鎮座しています。
御由緒はありませんが、祭神は受保ノ神(ウケモチノカミ)です。
御嶽神社
稲荷神社の左隣に鎮座しています。
こちらも御由緒はありませんが、祭神は大物主命と太玉命です。
庚申塔
御嶽神社の手前にあります。「而時貞享五● 奉待庚申爲二世安楽也 戊辰九月廿七日」とあります。●は禾の下に毛という字で「季」などの年次を表す文字でしょうか。貞享五年は西暦で1688年、徳川綱吉の時代。
塞神三柱の塔
新宿区登録有形民俗文化財
塞神三柱の塔
所在地 新宿区高田馬場一丁目十二番六号
指定年月 平成五年三月五日
天和二年(一六八二)に建立された舟形の
石塔で、中央に「塞神三柱」、その右側に「諏
訪上下大明神」および「正八幡大菩薩」、ま
た左側には「天(以下欠損のため不明)」お
よび「稲荷大明神」と刻まれている。
また、その上方には右に月形、左に日形が
掘られている。
塞神は、村の境や峠に祀られる、境界を
守護する神とされ、石塔としては江戸時代
に南関東地方を中心に盛んに造立された。
諏訪神社の塞神塔は区内で唯一のもの
で、また、「塞神三柱」の文字が刻まれた例
は少なく、大変貴重である。
平成六年六月
東京都新宿区教育委員会
右の碑には「承應甲午三年九月日 為●攸菩㮛也 武州豊嶋郡大久保村」と12人の芳名が刻まれています。
夫婦の楠があります。
境内南端はだいぶ薄暗い雑木林になっていますが、ここには明治天皇が行幸された記念碑がポツリと建っています。
明治天皇射的砲術天覧所趾
参道の大鳥居の傍らに空きスペースがあり、かつて砲術の天覧があった記念碑が建っているのですが、現在は鬱蒼として、資材置き場というかゴミ置き場みたいになってしまっています。
天皇が行幸した記念碑がある神社は当社以外では、弥生慰霊堂の「昭和天皇御野立所碑」や荏原神社の「明治天皇御東幸内侍所奉安所碑」があるのだけど、わりと目立たないところにある。
明治時代には一時この辺りに馬場や練兵所のような広場があって、ここから一望できたようです。
写真はすべて2018.05.03 撮影
備考
社号 諏訪神社
別名 新宿諏訪神社
祭神 武御名方神 大國主神 事代主神
創建 伝弘仁年間(810-824)
祭日 2月27日祈年祭、9月27日例大祭、11月27日新嘗祭、
1月27日・5月27日中祭、毎月27日月次祭、6月30日・
12月31日大祓式
末社 稲荷神社 御嶽神社
社務所 御朱印お守り授与有り
所在地 東京都新宿区高田馬場1-12-6
その他 16時閉門
























