今回の参詣は、新宿区河田町から同区高田馬場まで、およそ5kmの道のり上にある11社を巡ります。7社目は歌舞伎町の歌舞伎町弁財天へ。
ここは新宿の「歌舞伎町交差点」からセントラルロードを北に200メートルほどのところ。歌舞伎町のど真ん中みたいなところに鎮座しています。
由来
詳細はわかりませんが、明治時代より以前から当地に祀られていたそうで、大正2年(1913)に堂宇再建に当たって御本尊を上野弁財天より勧請したそうです。
境内にはわずかに池のような水場が形成されて、そこにも祠のようなものが建っています。
手水鉢
裏に「大正十二年五月吉日」とあり、「辛酉會」とそのメンバーらしき60人ほどの芳名が刻まれています。単に発起した年だとは思いますが、”かのととり”は天命が改まり王朝が交代するといわれる年であり、この時代では大正10年(1921)がそれに当たります。時代背景的にいうと、奉納から4か月後に関東大震災が起こります。
御由緒 境内掲示より
弁財天の縁起と歌舞伎弁天の由来
弁天様は佛教以前に賢者聖人の信仰厚き 宇賀神と稱する天地創造乃神のお一方で 佛教の始祖は天部の神とし佛教の守護神として崇がめられた尊神である 宇賀神はもと●流水源 等水を司る神で妙音天と云われ又美音天とも稱せられた文化神で 信仰すれば知恵が授かり芸術に長ずると古●ろから 弁才天●云われ更に戝寶が授かる霊験のある処から 才乃字が戝の字に替り弁財天と云われるようになった而して天部の神が●れ賜う博愛を 美麗なる弁天のお姿で表現せられ信者は 弁天様乃愛稱で合掌する福の神様である歌舞伎町は昔大村乃森と云われ広大な沼があって沼の邉りに 弁天様が祀られてあった 淀橋淨水場の建設に当り其の残土で沼は埋められ 峯島家で現在の場所に 弁天様は祀られ 大正二年堂宇の改築再建に当り不忍弁財天より現在安置乃 御本尊を勧請して九月巳の日に盛大な祭典が行われ爾来九月の巳の日を 歌舞伎弁天の祭日とせられた 大正十二年に至り町内有志の発議によ●●峯島家 尾張屋銀行 町内篤志家乃●財で大改装がせられたものであったが昭和二十年四月の大空襲で本堂及びお守家●罹災した 其の時●心な信者の一人岡安たか子氏は苛烈な空襲下に放て 弁天様の厨子を春に奉戴し堂守の梅原氏が附添ひ笹塚に避難しアパートの一室に安置をした間もなく岡安氏は 弁天様が峯嶋家に移り度いとの御告げがあったので梅原氏夫妻に挓して峯嶋家にお移し申した 混乱した戦災時に於けるこの記録は信者乃田中次郎吉氏に依って明らかにせられたものである 而して昭和二十一年復興協力會では全町戦災した歌舞伎町の計画建設に当り区画を整備せられた際 弁天様の敷地は寸尺も変更せず以前のまゝを保存し復興協力会々長鈴木喜兵衛氏は街建設に魁がけて仮殿を建設し峯嶋家に安置せられてあった 御本尊をお移し申し現在に至ったものである
此の度 有志相寄り 弁天堂再建奉賛會を結成し大方の淨財を以て 永久不変の耐火構造に依り 御本堂を再建し 境内の改装を行ひ面目を一新して この霊験あらたかなる 歌舞伎弁財天を当町及び近隣の 守護神として永遠に崇め奉らんとする次第である
鈴木喜兵衛謹書
昭和三十八年四月 歌舞伎町弁天堂再建奉賛會建之
奉賛會々長 藤森作次郎
建設委員長 小松太良八
※●は判読不可、空白・字体まま
戦災復興した昭和21年(1948)に耐火構造の現在のお堂になったそうです。結構おしゃれな造り。
弁財天地龍虎
作者は芝居の宣伝美術家で墨絵師の東學氏で、2014年に天に立ち昇る龍を、翌年に大地を駆ける虎を描いています。
つるかめ食堂か五十番あたりに行ってみようかな。
写真は
2018.05.03(弁財天社・昼の歌舞伎町・昼の思い出横丁)、
2025.08.07(夜の歌舞伎町・夜の思い出横丁) 撮影
備考
社号 歌舞伎町弁財天
別名 歌舞伎弁天
祭神 宇賀神
創建 明治以前
祭日 9月巳の日(2025年は9日・21日)
末社
社務所
所在地 東京都新宿区歌舞伎町1-13-1
その他
周辺散歩
歌舞伎町
歌舞伎町といえばやはりここ。周囲に新大久保・ゴールデン街・新宿三丁目にといった他の繁華街も近いから昼間もそれなりに人がいます。
再訪するのは、高島屋の熊鷹社を掲載する時に、夜の歌舞伎町を撮って以来なのですが、圧倒的に夜の方が人出が多いです。
歌舞伎町一番街
視界を埋め尽くすかのような突き出し袖看板に、路側帯まではみ出すスタンドの様が無法地帯のような猥雑さになっていますが、そんなごちゃごちゃ感が歌舞伎町らしい。
セントラルロード
一番街のひとつ隣の通りで新宿コマ劇場跡に建った「新宿東宝ビル」がある通りです。実物大のゴジラが顔をのぞかせています。
花道通り
歌舞伎町一丁目と二丁目の間を通る道で、“治安が悪い”といわれるところです。この辺歩いていると、結構遠いところからでも目が合っているのがわかります。ズームで撮っているので50mは離れていると思うのですが。
そうはいっても、日本有数の繁華街で国内外から多くの人が足を運ぶ人気のエリアなので、写真を撮る分には大丈夫そうです。
シネシティ広場
トー横キッズといわれる若者が多くいるエリアで、写真に写っていない足元には地べたに座り込んだままの人やいろんな理由で寝そべっている人がいます。
一番街通りのシネシティ前には、コンカフェの客引きが通りの両サイドに隙間無く立ち並び、行きかう人々に声掛けしています。
昼間の方が歩きやすくはありますが、老舗カフェめぐり以外特にすることのないエリアでもあります。
ちょっと歩けば新宿西口の「思い出横丁」も近く、こちらも外国の方に人気です。


















