今回の参詣は、江戸川区東小松川の白髭神社へ。
ここは都営新宿線「船堀駅」から北に1.3kmほどのところ、荒川近くの住宅街。
白髭神社
当社には御由緒が無く、祭神もはっきりしませんが、「新編武蔵風土記稿」や「江戸名所図会」などにもほとんど情報がなく、ほぼ何もわからない。
手水舎
向かって右側に「天保十四年九月吉●」、左側面に「渡場庭」とあります。
●は「日」だと思われ、天保十四年は西暦で1843年。
狛犬
右が阿形で左が吽形。
「嘉永七甲寅年四月吉日」とあります。西暦1854年。
前年に小田原大地震、米国のペリー提督らを乗せた黒船が浦賀沖に到着、帝政ロシアのプチャーチンが長崎に来航、品川沖に御台場(砲台)を築いたりした時代。
新編武蔵風土記稿
葛飾郡東葛西領
白髭明神社
これも村鎭守にて同院持、
浮洲淺間社
船堀川向飛地の鎭守にて其地にあり
慶安元年社領六石の御朱印を賜ふ、善照寺持
※“これも”と“同院”は、それぞれ東小松川香取神社に続いて東小松川村、宝積院のこと。慶安元年は西暦1648年
当社の旧別当宝積院が建治年間(1275-1278)の創建であることから、同時代か、もしかしたらそれ以前からあった可能性もありそう。
浮洲浅間神社
創健年こそわからないものの、かなり古くからあった神社といいます。現在の白髭神社から西の方に鎮座していたようで、明治の荒川開削、中川の流路変更に伴い、遷座されています。
「浮洲(うきす)」は、海や川に浮かぶ小島や陸地を言うようで、品川の東禅寺の有喜寿八幡(現:高輪神社)や、墨田区の吾嬬神社が浮洲の森と称されていました。
手水鉢
当社もまた富士山に模して造られた富士塚であるとされています。
23区内だけで71基見つかっています。富士塚の詳細はこちら。
御由緒
境内掲示より字体改行などそのまま記載
史跡
浮洲浅間神社
旧小松川村飛地(現中川水路)の鎮守で
現在白髭神社に合祠されている。創建年月は
不詳だが、区内では屈指の古社と伝えられ、
江戸の初め慶安元年(一六四八)に、三代将軍
徳川家光から御朱印六石を与えられた由緒あ
る神社で、祭神として天日鷲彦命を祀る。
当神社の創祀にまつわる伝説によると、「
浮洲はもとわずかな寄洲で、漁猟に出る舟は
ここで潮待ちすることになっていたが、ある
時貝取りの舟が潮待ちしていると、浅間(木
花咲耶姫神)さまのお札が流れついた。そこ
で漁師が砂をかき寄せそこにお札を納めて置
いたところ、いつしか浮洲となり、やがて浅
間神社が建てられるようになった。」という。
浮洲浅間神社については、成田参詣記にも
記され、「神宝に古鏡二面を蔵す」とある。
昭和五十三年十一月
江戸川区教育委員会
写真はすべて、2019.08.04 撮影
備考
社号 白髭神社
創建
祭神
祭日
末社 浅間神社(浮洲神社)
社務所 新小岩香取神社の兼務
所在地 東京都江戸川区東小松川3丁目7−20
その他








