今回の参詣は、新宿区新宿の西向天神社(にしむきてんじんしゃ)へ。
ここは東新宿駅の東側。新宿区の中央であり、新宿(町名)の北側にあって、なぜ東新宿駅なのか気になるところ。東新宿も都会らしい都会といった雰囲気で、大通りに囲まれバイパスも通っているのに、神社周辺は住宅街で意外と静か。
狛犬
社殿前の階段中腹にある狛犬。
右が阿行で子抱き、左が吽行で藤の花柄が入った鞠を抱える。
「弘化三牛年 六月吉日 納之」と刻まれ、弘化三年は1846年、江戸幕府十四代将軍徳川家茂が誕生し、海王星が発見された頃。
手水舎
昭和3年11月、東大久保(現:新宿6丁目)、番衆町(同5丁目)、富久町、余丁町らこの地域の氏子によって、昭和天皇が即位した御大礼記念として製作されたもの。
西向天神
社殿の正面が西を向いているということから、西向き天神と称され、また大久保村にあったことから大窪天神という別称もあった。
大久保の名は、この地域が窪地であったことからという説以外に、小田原北条氏の家臣の寄子衆の者に大久保氏がいてこの地を領した、江戸時代にこの地域の同心の取締が大久保氏であったとの説もある。一方で偶然かもしれないが、当社西側の法善寺の七面大明神は、駿州大久保(今の静岡県富士宮市)に勧請されたものが当地に移されたという由来がある。
狛犬
右が阿形で左が吽形。持ち物などは無し。
「寶暦十二壬午歳 奉納御寶前」と刻まれる。奉納者名の部分だけ磨滅が酷く読めない。宝暦十二年は西暦1762年。
御由緒
境内掲示より字体改行などそのまま記載
西向天神社 にしむきてんじんしゃ
所在地 新宿区新宿六ー二十一ー一
創建年 安貞二年(一二二八)
安貞二年(一二二八)に明恵上人〈み
ょうえしょうにん〉(一一七三~一二三二)
が創建したと伝えられ、社殿が西を
向いているため西向天神と呼ばれ
ました。また棗〈なつめ〉の天神とも
呼ばれます。『江戸名所図会』ではその由来を不明としてい
ますが、一説に三代将軍家光〈いえみつ〉が鷹狩りの際に立ち
寄り、境内が荒れている様子を見て、黄金の棗を下されたから
といわれています。
天正年間(一五七三~九二)に兵火を受け焼失しましたが、
村人により祠〈ほこら〉が建てられ、その後、聖護院宮道晃法親
王〈しょうごいんのみやどうこうほっしんのう〉が江戸に下った際に、
元信〈げんしん〉という僧侶に命じ社殿などが再建されました。
天保十三年(一八四二)には富士塚が築かれ、現在でも境内
に残っています。
別当寺〈べっとうじ〉であった梅松山大聖院〈ばいしょうざんだ
いしょういん〉は、神社の北側にあります。江戸時代には聖護院
宮を開基〈かいき〉とする門跡〈もんぜき〉
寺院で、本山修験〈ほんざんしゅげん〉
派の江戸の拠点となっていました。
境内には、太田道灌〈おおたどうかん〉
の山吹の里伝説(三十六頁参照)に登場
する紅皿〈べにざら〉の墓と伝えられ
る板碑〈いたび〉があり、寺の前の狭
い石段を山吹坂と呼んでいます。
江戸名所図会
巻之四 天権之部 より
大窪天満宮 大窪にあり、このところの鎮守とす、祭礼は六月二十五日なり。
別当は梅松山大聖院と号して聖護院宮の直末、本山派の江戸役所にして
大先達なり、当社を世に棗の天神、あるいは西向きの天神とも称せり、社壇
西に向かふゆゑにいふなるべし、棗と称する来由しるべからず、
相伝ふ安貞年間栂尾明恵上人の勧請にして明慶・覚運等これを奉祀す、後
また太田道灌神田を寄附す、しかるに天正年間兵燹にかかり烏有となりし頃、
その神体渓間の桜の枝に移り止まりたまふ、その木を瑞現桜と号く、いまは
枯れたりしといふ、このとき青山氏某、郷人とともに謀りて祠を経営す、聖護院
宮道晃法親王東国下向のとき、大僧都元信をして当社の別当たらしむ、ここ
において寝廟やうやく備はり、四時の祭典綿々として怠ることなし。
※栂尾明恵=とがのおみょうえ、鎌倉時代の華厳宗の中興。
当社には富士塚があるとのことで、一旦外へ出て境内南側へ回ってみる。
階段下の柵。
何故犬なのか。気になるかわいさ。
富士塚
ネット上では「東大久保富士」と呼ばれているらしい。
「小御岳石尊大権現 大天狗小天狗 牛込十三夜」、「牛込廿六夜」、「大草 三拾人組 弘化三年」などの石碑が見える。二十六夜は月待ち信仰のことで、この日の月光の中に阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩の三尊が現れるとされる。
三合目
七合目
九合目
頂上には「日之尊」と刻まれた板碑が立つ。
富士塚頂上から見て北側(写真左奥が社殿)の景色。
頂上より西側(新宿イーストサイドスクエア方面)の景色。
撮影はしなかったけど、塚の西側は住宅、南側は中学校。
写真はすべて、2016.1.4 撮影
備考
社号 西向天神社 にしむきてんじんしゃ
別名 大窪天満宮・夢想天神・棗の天神 なつめのてんじん
祭神
創建 安貞二年(1228)
祭日
末社
旧社格 村社(東大久保村)
社務所 御朱印御守り神札授与あり
所在地 東京都新宿区新宿6-21-1
その他 富士塚あり
余丁町抜き弁天厳島神社・余丁町出世稲荷神社を兼務
新宿山手七福神のうち弁才天(正月期以外の受付)
江戸二十五天神のひとつ














