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今回の参詣は、茅場町に鎮座する摂社日枝神社(せっしゃひえじんじゃ)へ。

ここは兜町の東京証券取引所にほど近く、鎧橋と茅場橋の間に位置する。

当社は、そのむかし星ノ山日吉山王権現社(現赤坂山王日枝神社)の祭礼の御旅所として設けられた神域で、のちに日枝神社の境外摂社となった神社。

 

 

 

 

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御旅所(おたびしょ)とは祭礼の神輿が小休止するための仮の御宮をいい、また担ぎ手が休むのではなく、祭神が休まれる所である。

このかつて御旅所だった神域が、そのまま神社になったというのはよくあることで、向島牛島神社の御旅所が本所の若宮牛島神社 、佃住吉神社の御旅所が勝どきの住吉神社、高田の穴八幡宮の御旅所が神楽坂の伏見火防稲荷神社 、というように。ただし必ずしも境外摂社になるわけではなく、また空き地や街道筋に設置され祭礼後にその都度撤去される方が一般的。

 

 

 

 

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狛犬

左右の違いは阿形吽形という以外は特に無さそう。胸を張り出し、躰を反らせ顎を天に突き出している。まるで遠吠えをしているかのような姿。

 

 

 

 

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御社殿

摂社というのは、旧社格制度上の官国幣社に列する本社(ここで言う日枝神社)の御祭神との間に密接な関係があった神社のこと。概ね下記の四つに分かれる。

 ○本社の祭神の后神・御子神等、系譜的に連なる神を祀る神社
 ○本社の祭神の荒魂を祀る神社
 ○本社の地主神(祭神が現在地に遷座する前に当地に祀られていた神)を祀る神社
 ○その他、特別の由諸がある神社

 

御旅所であった当社の場合は、四つ目に当たるだろうか。

本社である赤坂日枝神社には、当社に対して「御族所(みぞうしょ)」という表現を用いている。

 

 

御由緒 江戸名所図会巻之一天枢之部より

永田馬場山王御旅所

茅場町にあり。遥拝の社二宇並び建てり。寛永年間この地を山王の御旅所に

定めらるる、といへり(一宇は神主樹下氏持ちなり。一宇は別当観理院持ちなり。)

隔年六月十五日御祭礼にて、永田馬場の御本社より、神輿三基、このところに

神幸あり。仮に神殿を儲け、供御を献備し、別当は法楽を捧げ、神主は奉幣の

式を行ひ、夜に入りて帰輿なり。その行装、榊・大幣・菅蓋・錦蓋、雲のごとく、

社司・社僧は騎馬に跨がり、あるいは輿に乗じ、前後に扈従す。諸侯よりは神馬・

長柄の鎗等を出だされて、途中の供奉厳重なり。また、氏子の町々よりは、思ひ

思ひに練物、あるひは花屋台・車楽等に、金襴緞子などのまん幕をうちはへ、お

のおのその出立花やかに、羅綾の袂、錦繡の裔をひるがえし、粧ひ巍々堂々と

して、善美を尽くせり。この日、官府の御沙汰として、神輿通行の御道筋は、横の

小路小路は矢来を結はしめて、往来を禁ぜらる。まことに大江戸第一の大祀に

して、一時の壮観たり。
※扈従=こじゅう、車楽=だんじり、金襴緞子=きんらん・どんす(高価な織物)


 

薬師堂

同じく御旅所の地にあり。本尊薬師如来は、恵心僧都の作なり山王権現の本地仏

たるゆゑに、慈眼大師勧請したまふといへり。縁日は毎月八日・十二日(正・五・九

月二十日には開帳あり)にして、門前二、三町の間、植木の市立てり。別当は医王

山智泉院と号す(もとは鎧島山と号けしとなり)。本尊縁起に曰く、「恵心僧都は、そ

の父母、大和国高尾寺の薬師仏に禱りて設くるところの霊児なり。僧都、仏門に入

りて後、法恩を謝せんがため、みづからこの本尊を彫刻ありて、高尾寺に安置せら

れしに、遥かの後、相州大場村に遷し奉りたり。しかるに、慈眼大師、東叡山にうつ

し奉る。この地や大城の東に位し、しかも山王の本地仏たるにより、ここに安置なし

奉らるる」となり。

 天満宮 同じ境内にあり。社司諸井氏奉祀す(二月・八月ともに二十五日を祭日と

せり。神像は画幅にして、寛永年間柳営に奉仕の春日局、大樹より拝受せられしを、

山王の神主日吉右京進へ附与あり、その後、諸井氏請ひ得て、ここに勧請なし奉る

となり。)

 

 

 

 

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明徳稲荷神社

夜の参拝だったためあまりよく周囲を見てなかったが、玉垣の主だった柱に「東京証券取引所」とあった。

季節がら、大納会や大発会の後に、証券関係者らが参拝に来たりするのかな。

 

 

 

 

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幟に「正一位 明徳稲荷大明神」と書かれ、その両脇に「翁」「祇園」と併記されている。

これについては、文久三年(1863)の地図を見ると、江戸橋の南詰やや西側に「イナリ」と「翁イナリ」が記されている。前者の「イナリ」には祇園とは冠してないが、日本橋周辺で現存しない稲荷社は「聖天イナリ」「カゴシマイナリ」「谷房イナリ」と祇園ではない。

そして現在の江戸橋が、旧江戸橋よりやや西にずれて再建されているので、この時「翁」「祇園」の二社が明徳稲荷に合祀されたのではないだろうか。

 

 

 

 

狐像

向かって右側が子抱きで、左が宝珠を抱える。

 

 

 

 

写真は2008.12.27(狐像)と2015.10.3撮影

 

備考

社号 摂社日枝神社

別名 日枝神社日本橋摂社 永田馬場山王御旅所

祭神 大山咋神・国常立神・伊弉冉神・足仲彦神

    相殿 浅間大神 菅原大神 稲荷大神

創建 寛永年間(1624-1644)

祭日 六月中旬

末社 明徳稲荷神社

社務所 御朱印授与あり

所在地 中央区日本橋茅場町

その他 江戸二十五天神の楓川天神合祀

      春日局・家光より附与の天神画